恋枯らし | ナノ
ミーンミーンとうるさいくらいセミの鳴き声が聞こえる。八月。夏真っ盛りである。私はじりじりと熱を持ったアスファルトをビーサンで踏み締めながら、湿気と暑さ、嫌でも耳につくセミの鳴き声に眉をひそめた。なんでこんな暑いのにこんなにミンミン鳴く気力があるんだろうセミ達は。その気力をわけて欲しい。そんなどうでもいいことを思いながら歩いていると、すぐに目的地に着いてしまった。私は慌てて汗ばんだせいで額に張り付いた前髪を適当に整えると、目的地である家のインターホンを押した。ピンポーン。音が聞こえてすぐ、どだどたと騒がしい足音が聞こえたかと思うと、がちゃっとドアが開いた。私は出てきた人物を見て顔を輝かせた。


「不動」
「おう、中入っていいぜ」


私はありがと、と不動に言うと、ドアを開いて中に入った。家の中はクーラーが効いていて、大分涼しかった。私はビーサンを脱いで、不動と一緒に不動の部屋である2階に上がった。


「わりぃな、わざわざ来てもらって」
「いいよ別に。来たかったし」
「…そっか」
「なんか話でもあった?」
「いや、顔見たかっただけだ」


私はそっか、と軽く返事をした。思わず口元が緩んだ。
不動とは、あの時から付き合っている。ほんとは、あまり気がなかったけれど、不動の不器用でも優しい心が私を励ましてくれた。そんな不動と一緒にいたら、私はいつの間にか幸次郎を忘れられていて、不動を好きになっていたのだ。その時私は、人間って不思議だなあと思ったものだ。あんなに好きだった幸次郎を、忘れることが出来るなんて。でもそれも、全部不動のおかげだと私は思う。不動がいたから、今の私はいるのだ。


「そういえば、気づいたか?」
「え?なにを?」
「明日だよ、明日」
「明日?」


明日、何かあっただろうか。私は明日の日付を思い出して予定を探ってみるものの、何もないと首を傾げた。すると不動が薄く笑いながら、「やっぱり馬鹿だなァ、お前は」と馬鹿にするように言ってきた(いや、馬鹿にされてるんだけどね!)。


「なに?なんかあんの?」
「俺達が付き合ったのって、いつだったか、覚えてるか?」
「…っあ!」


思い出した。明日の日付と付き合った日付が一緒だ。つまり明日は、私と不動が付き合って一年になる訳で。


「ご、ごめんなさい」
「別にいーよ、俺も昨日まで忘れてたし」


私が素直に謝ると、不動は今度はくすっと笑った。


(一年、かあ)


あれから一年も経ったなんて信じられない気がした。私が人生で一番最悪だと思った日。生きる気力を根こそぎ持ってかれた日。あれから一年。私はすっかりその時の傷も癒え、元気でいる。あの時の私だったら信じられなかっただろう。何度も挫折しかけた、あの日の私。そして何度も不動が救ってくれた。私はあの時の思い出を、今でも鮮明に覚えていた。
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