恋枯らし | ナノ
そのあとは、ただショックだけが私の胸に残った。私はわんわん子供みたいにずっと泣いた。信じていた幸次郎に裏切られたショックは、決して小さくはなかった。私は込み上げる気持ちを我慢することが出来ずに、ひどく泣いた。夕方過ぎの公園のベンチで、私と不動は二人きりだった。不動は、泣きっぱなしの私の手を黙って引っ張って、公園に連れてきた。そしてベンチに座らせると、私の隣に座って、ずっと黙っている。もちろん今も。私はずっと泣いてたから、不動がどんな顔でいたのかはわからない。でもただ、そばにいてくれたのことが少し、嬉しかった。でもショックで泣いている私には深く考える余裕なんてなくて。私は、何度も何度も幸次郎が私に言ってくれた言葉を思い出していた。暖かくて、今では苦しい思い出。「好きだ」「大好きだ」「ずっと一緒にいよう」どの言葉も今の私には私を傷つけるものでしか、なかった。それでも私は、思い出すことをやめなかった。幸次郎が恥ずかしがりながらも言ってくれた「愛してる」。強く抱きしめて言ってくれた「今、すごく幸せだ」。それも全部嘘だったの?キスもエッチも全部、偽りだったの?私のことは好きじゃなかったの?全部全部、うそだったの?ねえ、幸次郎。そんな思いが私の頭を交錯した。所詮は、偽りの愛だったのかもしれない。私は愛されてなんかいなかった。その事実が悲しくて、私は泣いた。私が泣いたらすぐに駆け付けてくれた幸次郎は、もういない。そのことを、その事実の寂しさを実感する。それは私の涙を煽るには、十分すぎるものだった。






「………もう、済んだか?」


私がしばらく泣き続けて、涙も枯れた頃。ずっと黙っていた不動が口を開いた。私は泣いたせいで真っ赤に腫れているだろう目と、涙でぐちゃぐちゃの顔を隠しながら、小さな声で「…うん」と返事をした。不動はそうか、と短く返事をすると、私の頭にぽん、と手をのせた。


「泣いてる女をどうすれゃいいのか俺にはさっぱりわからなかったが…今ので、良かったか?」
「…うん」


ほんとはもっといいたかった。すごく良かったとか、隣にいてくれてありがとうとか、頼もしかったこととか、少し、嬉しかったこと、とか。でも今の私にはそんなことを言う気力なんかない。私は小さく頷いて短い返事をすることしかできなかった。


「…なあ」不動の、声。私は泣き腫らした顔を上げないまま(だってこんな顔見せられるわけがない)、返事をした。


「…なに?」
「もし今日の夜とか、一人の時に泣くようなこととか、…その、寂しくなったりしたら、俺に電話でもメールでもしろ」
「……うん」
「なんかあったら、俺が駆け付けてやるから」
「……うん」
「あと、俺はお前が好きだから」
「……うん?」


私は思わず顔をあげてしまった。不動と目があう。だけど不動はすぐに顔を背けてしまった。…一瞬見えた不動の顔は、少し赤らんでいたような気がした。「え、えええ」私が訳がわからずに混乱していると、不動は「あのよ、だからよ」と顔を背けたまま話をきりだした。


「あのな、俺なら、お前を絶対裏切ったりしないし、幸せにしてやれる自信も、ある」
「………」
「付き合え、とは言わない。ただ、お前が源田を忘れるまで、その……桃原の、そばにいても、いいか」
「………………不動は?」
「あ?」
「不動は、どうするの。そんなんじゃ不動が、一番悲しいよ」


不動の気持ちは嬉しかった。すごく。ただ、そんなふうに好きな人のそばにいて、きっと一番悲しくて切ないのは、不動だ。そんな思い、させてあげられるわけがない。私が必死に言うと、不動の微笑の混ざった声が聞こえた。


「ばっかじゃねーの?」
「え?」
「一番、悲しくて辛いのは桃原だろ。俺なんかより桃原の方がずっと辛い。俺の悲しみなんか、お前に比べれば全然たいしたことない」
「でも、不動」
「好きな奴が苦しんでる時に、そばにいてやりたいと思うのは、だめなのかよ?」


不動の言葉は私には優し過ぎた。暖かい言葉。私はなんだかまた泣けてきて、思わず手で顔を覆った。不動のあわてふためく声が聞こえる。泣き止んだら、不動に言おう。とりあえずは、ありがとうと、ごめんなさい。あと、それから、          って言わなくちゃ。不動は一体、どんな顔をするのか。少し、楽しみかもしれない。
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