恋枯らし | ナノ
「お掛けになった番号は、現在電波の届かないところにいるか…」


私は機械的な女性の声を全て聞き終える前に切った。まさかだ。いつもなら「未来からの電話ならコンマ一秒で出るぞ」と言っていた幸次郎がでないなんて。私は携帯をパタンとしめると、ジャージのポケットにしまい込んだ。そういえば、最近幸次郎の様子がおかしかった気がする。具体的には例をあげられないが、様子がおかしかったような。


「なんだよ?なんかあったのか?」


携帯を片手に持ってじいっと見つめている私の様子をおかしく思ったのだろうか。近くにいた不動が声をかけてきた。


「それがさ、幸次郎が電話に出ないんだよね」
「は?そんだけかよ?」
「だって幸次郎、電話したらいつも出てくれるんだよ?今日だけ出ないっておかしくない?もう部活ま終わってる時間なのに」
「考え過ぎだろ。どうせ便所でも行ってんだろーが」


不動に言われて、確かに考え過ぎかもしれないと思った。たまたま用事があって携帯がなっているのに気づかなかっただけとか。よく考えれば今までよくすべての電話に出られたものだ。私はそう納得して、練習も終わったししょうがないから幸次郎の学校まで行こうかな、と思って座っていたベンチから立ち上がると、不動が何か言いたそうに近くに来るのがわかった。こたから聞くのもあれだから不動が声をかけて来るのを待つことにする。


「おら、送ってってやるよ」
「えっ?なんで?」
「源田今日来ないんだろ?だったら代わりに俺が送ってってやる」


そう言うと不動は、「おら早く決めろ」とか言ってきた。「お、お言葉に甘えます」私が言うと不動はひとりで歩き出した。私は慌ててその後を追った。


「なんで急に送るなんて言ったの?」
「気分」


私の質問に不動は一言でそう切り捨てた。私はしばらく黙って不動の横を歩いた。黙々と歩いていたものの、私は空気が重くなってしまっていることに耐え切れなくて口を開いた。


「ねえ、帝国まででいいからね?」
「なんでだ?」
「幸次郎に会いに行くから」
「…あっそ」


どうして不動はこんなにも機嫌が悪いのに私を送ってくれるのだろうか。私は再び私の肩のしかかる沈黙という名の重しを背負いながら不動の後ろをとぼとぼと歩き始めた。また何か話しかけても、不動は短い返事をするばかり。しかも低い、機嫌の悪そうな声で。いや悪そうなんじゃなくて悪いんだ。何故、不動は私なんかを送ってくれるのだろう。再び突き当たった問題に、私は不動に聞こえないくらいの軽いため息をついた。そこで私は、ひとつの可能性を閃いた。もしかして不動は、誰かに頼まれて私を送ってるとか?だってそうでもなきゃ、機嫌の悪い不動が私を送るなんてありえない。多分、いや絶対そうだ。私はぎゅっと拳を握ると、不動に声をかけた。


「不動」
「なんだよ」
「あの、無理しなくていいから。私、一人で行けるから」
「はあ?」
「不動、誰かに頼まれて私送ってるんでしょ?私、大丈夫だから、戻っていいよ」
「はああああ?」


不動は眉間のシワをさらに深くした。機嫌がどんどん悪くなっていく。終わった。なんで一生懸命やってるのにこうも裏目に出てしまうのだろう。もしかして聞いて欲しくなかったのかもしれない。私はますます自己嫌悪になって、「ご、ごめん」思わず謝った。


「……なんで」
「え?」
「なんで謝ってんだよ」
「え、だって不動、嫌だったんじゃないの?」
「嫌じゃねーよ。誰にも頼まれてもねぇし。俺が勝手に一人でやったんだよ」
「じゃあ、なんでそんな…」


機嫌が悪いの。そう言ってしまってから、やばいとすぐに思った。こんな真っ正面から聞いていいことなんだろうか。いい訳ない。相手は不動だ。怒られるに決まってる。私がびくびくしていると、不動はありえない言葉を口にした。


「………悪かったよ」
「え?」
「機嫌悪そうに見えて、そんなふうにお前が思ったなら、悪かったって言ってんだよ」
「……」
「俺は好きでお前を送ってってんだ。おら、わかったなら行くぞ」


不動はばしっと私の頭を軽く叩くと、行くぞと一言。あれ、もしかして、不動は、私のことを嫌ってる訳じゃなかったのかもしれない。ていうか、今好きで私を送ってるって言った?私は理解してから、ちょっと嬉しくなった。不動は、もしかして照れたのかもしれない。素直じゃない人。気持ちの表現が下手な人なのは知っていたけど、私は気づいてあげられなかったみたいだ。私は改めて不動のちょっと後ろを歩く。不動は、やっぱり悪い人じゃなかったようだ。さっきと同じで会話はないけど、でもさっきの空気とは明らかに違う空気。私はその空気に満足しつつ、てけてけと歩いていた。しばらく歩いて、そろそろ着くかなー、って時だった。不動が急に立ち止まったのだ。急に立ち止まるものだから、後ろを歩いていた私は不動の背中に鼻をぶつけてしまった。「いたっ」鼻をおさえながら、私は不動の顔を覗きこんで声をかけようとした瞬間、視線の中に、あるものが入った。それは私にとって、理解なんて到底できないような光景で。それは不動にとっても同じなのだろうが、今の私にはそれを確認する余裕なんてなかった。



帝国の正門の前で、幸次郎と知らない女の子が、抱き合っていた。



私の心の中で、何かが急にざわついて、止まらなくなっていったのを感じた。
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