恋枯らし | ナノ
「お前浮気してんの?」


佐久間に言われて、俺の脳内思考は一瞬ストップした。俺が浮気?俺には未来という恋人がいるが、浮気なんてした覚えはない…と思う。いや、微妙にだがひとつだけ思い当たることがあったりした。昨日、別の女の子と帰ったことだ。いやでも一緒に帰ったぐらいで浮気に入るのだろうか。どうやら佐久間はそれを見ていたらしい。俺は必死に否定した。


「違う」
「浮気だろ。つーか俺には仲良く一緒に相合い傘してるように見えたぜ。しかもなんかいちゃついてたろ」
「いっ…いちゃついてなんかないっ」
「嘘だー。手繋いでたじゃん」
「繋いでない!」


それは完全に誤解だ。手を繋ぐなんて行為をした覚えはない。と思ってからすぐに思い出した。昨日、車が来たときに彼女の手を掴んだのだ。もしかしてそれが手を繋いだように見えたのか?だがあれは反射的なことだし、別にそのことに関しては下心なんかなかった。まあ確かにその時下心はなかったとは言い切れるが、一緒の傘に入りたいという下心はないとは言い切れない。俺は佐久間に散々言われたあげくに、「あれは誰なんだよ」としつこく質問攻めする佐久間に仕方なく彼女の事を話すことになった。出会いから今まで全部。それを話すと佐久間は、何が面白いのかはっと鼻をならした。


「その女、お前に惚れてんな」
「はあ?」
「完全にそうだろ。つーかその女名前は?顔わかんなかったんだけど」
「い、いや……」


名前を告げるのにはさすがに抵抗があったが、佐久間の質問攻めにまた折れた俺は、あっさり話してしまった。名前を告げた途端に佐久間は目を丸くして一瞬固まったように動かなくなった。


「まじかよ…あり得ねえ…」
「あり得ねえって…どういう意味だよ」
「そのままの意味。つーかさあ、お前どうすんの」
「……なにを」
「お前、桃原よりあの女の方が好きだろ」
「なっ…」


心臓が跳び跳ねた。俺がもっとも一番避けていたこと。否定して一度も認めようとしなかった真実。いや真実なんかにしてたまるかと俺は強く内心で思うと、反論した。


「そんな訳ないだろ」
「嘘つくなよ。お前、最近未来未来言わなくなったの、そのせいだろ」
「………」
「毎日毎日、携帯いじってたから桃原とメールしてんのかと思ったら、メールの相手あの女だなんだろ?お前があの女のメール受信した時の顔みてピンときたぜ。あれはお前が恋してる顔だ」
「………」


思えばそうだった。いつも佐久間との会話の半分は未来のことで埋まるのに、最近は話をしなくなった。思えば電話もメールも、前に比べたらかなり減った。だがその代わりとでもいうように、あの子とのメールと電話は増えていく一方だった。メールするのが楽しい。会話するのが愛しい。そんな風に思い始めたのはいつからだろうか?それに佐久間は"恋してる顔"だと言った。俺との付き合いが一番長くて一番の理解者である佐久間に言われたのだから、認めたくないが事実に近い。俺はぎゅっと強く拳を握った。


「…未来も、大切だ」
「あの女よりも?」
「それは…」
「ほら見ろ」
「………」
「で?結局どうすんだ?未来とあの女、どっちかにしろよ」
「………」
「あの女はともかく、未来をあんま傷つけんなよ。と言っても傷つくだろうけどな」
「………」
「今決めろよ。お前はいつもそんなんだから未来にあーだこーだ言われてんだよ」


一言で言えば優柔不断なのだ。俺は。途中まで頑張っても、中途半端なところで勇気がなくて投げ出してしまう。昔からの俺の短所。今回のこともこんな俺の短所が原因なのだろう。俺はまた強く拳を握った。未来と、あの子。どっちかえらべ?正直無理だ。俺は今までにないくらい考えた。こんなに考えたのは中1の時の数学のテスト以来だ。ぐるぐると、頭を、思考回路を回す。「どうなんだよ」佐久間の急かす声。俺は小さく、呟くように言った。


「…俺は、未来を裏切りたくない」


ばん、と何かが床に落ちた音が聞こえた。振り向くと、小柄な少女がこの世の終わりのような顔でこっちを見ている。「あ……」いつからいたのだろうか。俺が声をかける前に、少女は落とした教科書も拾わないで走り出してしまった。俺はなにも、本当に何も考えずにただ反射的に後を追いかけた。
- ナノ -