恋枯らし | ナノ
不動と話すのが気まずくなってしまった。前なら誰よりも気安く話しかけられたのに、今となっては不動とは誰よりも気まずい。せっかくなかよくなれたというのに。私ははあ、と本日三回目のため息をついた。あの不動に手を叩かれた後、秋ちゃん達皆が私を心配してくれた。不動はああいう性格をしているから、やっぱり皆にも評判が悪い。皆私が不動に何かされたと思い込んでいた(全部否定したけど)。そこで思ったのだが、不動がもしこのことを知ったらどうするだろうか。私の予想だが、多分自分が悪くなかろうが否定も何も言わないで不動は済ますだろう。不動は優しいところもある。ただこんな風に自分で罪をかぶってしまうところは短所だと思う。だから多分、今回のことも何も言わないだろう。私が不動に何かしたのに。思わずため息をついてしまった。


「未来先輩、何かあったんですか?」
「え?あ、ううん。何でもないよ」
「本当ですか?未来先輩、最近不動くんと何かあったみたいですし……何かあったら言ってくださいよ?力になりますから」
「うん、ありがとう。でも今は本当に大丈夫ですから」


音無ちゃんは優しい、と思う。ただ不動とは表現の仕方が違うだけで、同じ優しさには変わりないのだ。するとピィー!という音が聞こえた。休憩の合図だ。途端に皆がわいわいとドリンクを取りにやってやってくる。私はトレーにドリンクを出来るだけたくさん乗せると、みんなのところに運んだ。綱海や風丸やらがわいわいと集まってきて、トレーの上のドリンクを手に取っていく。たくさんあったドリンクは、あっという間になくなってしまった。私は秋ちゃんと音無ちゃんからトレーを受け取ると、トレーをしまいに行った。私はトレーを置いて、次の休憩に備えて新しくドリンクの粉を用意し始めた。私がドリンクの粉の入ったビニール袋を両手に提げ、運ぼうとした時だった。


「おい」


声にびっくりして振り向くと、ドリンクを片手に持った不動が仁王立ちしていた。私がポカンとしていると「聞いてんのかよ」不動が苛立ったように聞いてきた。


「き、聞いてるよ。なに?」
「………」
「だからなに?」
「…ちょっと来い」



思いっきり腕を掴まれて引っ張られたからバランスを崩して転びそうになってしまった。慌てて体制を立て直すと、すぐに不動がまた私の腕を引っ張った。よろよろと必死に不動についていく。不動は私のことなど目もくれずにずんずん進んで行った。「ちょ、ちょっと、」どこ行くの、と聞こうとしたら、急に不動が立ち止まった。「ぎゃっ」急に立ち止まったもんだから不動の背中に鼻をぶつけてしまった。


「……………わりぃ」
「うん。別に大丈夫。…それより、その、どうしたの?いきなり」
「…………」


聞くと不動は黙ってしまった。やっぱり、私が何かしたのだ。だから前にあんなことをされたんだ。今だってきっと、怒られるか何かで呼び出されたんだ。私はしゅんとなって、私から口を開いた。


「あ、あの不動。ごめん」
「は?」
「私、不動に何かしたんだよね。私馬鹿だから何したか全然わかんないんだけど、ごめん」
「お、おいちょっと待て」


私の謝罪に、不動が慌てたように私の肩を掴んだ。不動の行動に私はぱちぱちとまばたきをした。不動は「あー、その、」と気まずいような、そんな声を出した。すると私の肩を掴んだ不動の手に力が入った。「不動、痛い」「あ、わりい」ぱっと私の肩から手を離した。

「お前は別に、悪くねぇから」
「え?」
「別にお前は何もしてねえ。…俺が、その、」


不動は私に向けていた視線を気まずそうに明後日の方向に反らした。言うことが言いにくいのか照れているのか、少し顔が赤い。私はちょっとドキッとした。不動のこんな顔はみたことがなかった。これはかなり珍しい。私が興味津々にじぃっと不動を見ていると、不動が腹をくくったように口を開いた。


「……悪かった」
「え?」
「だから、悪かったってんだよ!」


私がぽかんとしている間に、不動はずんずんと練習に戻ってしまった。ずっと自分が悪いと思っていたから、こんな形でその考えが否定されると思わなかった。私はトレーを手に持ったまましばらく馬鹿みたく立ち尽くしていたが、すぐにハッとしてトレーを片付けると、不動の後を追いかけた。とりあえず、また不動と仲が戻りそうで良かった。そう思っているといつの間にか私の口元は弧を描いていて、後からそれを見た音無ちゃんにまた色々言われることになった。
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