恋枯らし | ナノ
久しぶりに会った未来はあまり元気がなさそうに見えた。今は夕方、オレンジ色の光が建物や道路を綺麗に照らしていて、それにいつも未来と会うのが大体この時間帯だから、この明るいオレンジ色した夕焼けの時間が俺が一番好きな時間帯だ。だから未来もこの時間帯は好きだと言って、いつもにこにこ笑っているのに今日は笑っていなかった。いや、笑っていたのだが、不自然な笑いだったというべきか。俺は未来とは長い付き合いだからすぐわかった。でも今日の未来はわかりやす過ぎる。多分佐久間とかでも気づくだろう。まあとにかく、今日の未来は元気がないように見えたのだ。


「なにかあったのか?」
「え?別になにもないよ?」
「嘘つけ」


どうやら未来の方はバレないようにしているつもりだったらしい。モロバレだというのに。こいつは良く感情が顔に出る。俺はため息をつくと、元気がない、と付け足した。


「なにかあったんだろ?そういうのはちゃんと言ってくれ」
「……」


未来はしゅんとした顔をするとうつ向いた。「未来」名前を呼ぶと、未来は小さな声で語り始めた。


「喧嘩した……かもしれない」
「喧嘩?」
「ていうか、嫌われたかも」
「誰に?」
「……不動」


その名前に、一瞬俺は身体が硬直した。奴が日本代表に選ばれたのは知っているが、まさか未来と喧嘩するほどの接点を持っているとは思わなかった。いや不動と喧嘩すること自体は良いのだ(…良いのか?)。ただ問題は、喧嘩して未来が嫌われたと悲しんでいること。俺は未来が仲が良い奴と喧嘩すると悲しむことを知っている。悲しむというか、極度に落ち込むのだ。今の未来のように。つまり未来は、不動と仲が良いということになる。しかもこの落ち込み具合はずっと前に木野と喧嘩した時のものに値するぐらいだから、不動とはかなり仲が良かったとわかった。わかってしまった。鬼道とか豪炎寺とかならわかる。だが相手はまさかの不動だ。俺はいろんな意味で驚いた。


「不動!?お、お前ら仲良いのか?」
「そこそこには」
「い、いつの間に…」「マネージャーしてれば普通に仲良くなるよ。それよりさ、喧嘩って苦手だし、どうすればいいかなあ」


そんなことを聞かれても困る。俺は正直不動という人間をあまり知らない。わかるのは自己中、そして優しさの欠片もない狂人だということぐらいだ。大体未来と仲が良いという時点で俺の知ってる不動じゃないからさっぱりだ。


「…なんかさ」
「ん?なんだ?」
「ちょっと変わった?幸次郎」
「変わった?どこが?」


髪を切ったとかペイントの色を少し違う色に変えたとか、佐久間でもわからないような些細な俺の変化を見破ることが出来る未来だが、今日は俺は特に何もしていない。俺が首をかしげると、未来が言った。


「なんか、怒らなくなった」
「怒らなくなった?」
「ほら、幸次郎っていつも私が他の男の話すると怒るじゃん。なのに今日は怒らないなー、って思って」


俺はドキリと心臓が高鳴るのを感じた。そういえばそうだ。いつも俺は未来に良く嫉妬していた。未来が豪炎寺云々の話をするなら、俺は未来に怒る。といっても本気で怒る訳じゃなく、軽くだ。未来の方も冗談でそういう話を出してくるので、本気で怒ったことは一度もない。だが俺が嫉妬するのは変わりないのだ。未来曰くそれは、「愛の再確認」だそうだが。話はずれたが、そんな俺が嫉妬しなくなったのだ。それ自体も問題だが、自覚がなかったあたりが特に問題だ。俺はすかさず理由を考える。答えは意外にもすぐに出てきた。俺の頭に浮かんだのは、一人の少女の顔だった。小柄で、控え目な笑みを浮かべる可愛げな少女の姿が。俺ははっとしてすぐに未来を見た。今のは、絶対にあっちゃいけないことだ。あればそれは未来に対する裏切りになる。急に俺に見つめられて、未来が首をかしげた。俺は微笑むと、未来の顔に手を寄せた。未来の温かな体温が手越しに伝わってくる。俺は未来に顔を近づけた。「こ、幸次郎」未来の少し恥ずかしそうな顔。すごくいとおしく感じる。そうだ。俺が好きなのは、世界で一番愛してるのは未来たったひとり。俺はそう心に強く言い聞かせて、そっと未来の唇にキスをした。
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