水葬 | ナノ






「さてと、まずは自己紹介だな!」

無表情は崩さなかったが、彼女はひどく困惑していた。いったい何十人いるのだろう、室内にすべて入りきれないほどの人間が代わる代わる自分の前に歩みでて、おそらく個々人のものであろう名前を告げてゆく。こんな人数の名前など一気に覚えられるはずがないと半ば諦めて、彼女は特に聞く気も起こさずにその言葉の応酬が収まるのを待っていた。そしてオレンジ色のバンダナをした少年、円堂が、さっきからベッドの上で眠り続けていた2人の紹介を終えたとき、ちょうど都合よくその2人が揃って目を覚ました。

見開かれる2つの瞳。バッと全く同じモーションで身を乗り出した2人、吹雪士郎と吹雪敦也は彼女を数秒見つめた後で、不意に眼を揺らした。溢れる涙を手でぐしぐしと拭いながら抱きついてくる彼らに、彼女は多少顔をゆがめる。それでも、2人を引きはがすようなことまではしなかった。

「…よかった…ほんとに…」
「……っ、」

雨の中倒れていた彼女に、死んだ母親を重ねていた吹雪は、泣きながらも安心したように微笑んだ。そんな彼らがようやく泣きやんだ後、次はお前の番だと言わんばかりに全員の視線を受けた彼女は、困ったように目を泳がせた。とはいっても、見知らぬ場所でしかも時代さえ違う、明らかに危機に直面しているわけである。唯一頼れそうな彼らに、不信感をもたれるようなことは出来るだけ避けたいのが現状であった。

「…蒼井、るい」

小さく名乗った彼女に対し、数十人の少年少女が、何故か一斉に嬉しそうに笑ったので、彼女、るいは首を傾げるばかりであった。そのまま緩やかに時間は流れる。どうしてあの場所にいたのか、何故倒れていたのか。そんな質問をいくつかされたがどれにも返答できず、曖昧なままで終わってしまう。各々どうしたものかと顔を見合わせる中、最初に毛布を持ってきた緋髪の少年、基山が言った一言で、事態はおさまってしまったようだ。

「…記憶喪失、とか?」

しかしその解釈はるいにとって好都合であった。記憶はあるが、時代が違う分、知識にかなりの相違点あるのは明白で、それならば何も知らないふりをしていた方が話を合わせやすい。最終的に雷門が所持し、基山たちも住んでいるアパートを貸してもらえることになった。仲間が増えたと喜ぶ面々をよそに、窓ガラスに写る自分を見たるいは、そっと首元に手を当てた。絞められたら後がない。自分がこの時代に来てしまったのには何か意味があるのだろうか、そう考えを巡らせてはみるものの、答えなど見つかるはずもなかった。

浮遊する



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