夕暮 | ナノ




「……さいあくだ…」


それはこっちの台詞だ。

黒板に書かれた文字をもう一度見直して、ため息をついた。速水鶴正、吉岡つゆ。縦書きで並んだ二人分の名前、片方は私の、もう片方は私の台詞をかっさらった速水のもの。


「くじ運悪いのな、お前って」
「…だいたい、どうして文化祭委員なんて大事な役をくじ引きで決めるんですか。普通は立候補とか…」
「はいはい、ウダウダ言うなよー」


窓際の席でうなだれている速水と、それを慰めているのかあしらっているのかわからないが、倉間と浜野。三人とも全然タイプが違うのに、何となく見る度に三人で固まってる気がする。確か三人ともサッカー部なんだっけ。仲が良いんだろう。

とにかく、決まってしまったからには速水にもきちんとしてもらわなきゃいけない。じゃないと私が保たない。準備やら指示やら、面倒で大変だから文化祭委員は二人必要なのに相手はあの速水だ。とてもじゃないが率先してやってくれるタイプじゃない。ぶっちゃけ浜野とか倉間の方がまだ頼りになりそうなのに、速水なのだ。私がビシッとしなければ。


「速水」
「…はい?」
「放課後に会議あるらしいから、会議室集合ね。遅れないでよ」
「…はい」


何でコイツ敬語なんだ。斯くして、私と速水の初会話はそんな感じに幕を閉じる。雲行きは怪しいが何とかしなくちゃ。面道事は嫌いだけど、文化祭が楽しくなくなるのも嫌だ。


「何で畏まってんの」
「いや、初めて話したので…」
「マジで!」
「あーもー最悪だ…」
「まあ頑張れよ。神童には俺らがちゃんと伝えといてやるからさ」
「…面白がらないで下さいよ」
「あ、バレたー?」



会議の議題は、委員の挨拶とかだいたいの仕事内容とかそんな感じだった。明日のホームルームで、各クラス文化祭の出し物についての話し合いをするらしい。もちろん進行役は私たちだ。挨拶のときは、どもって黙り込んだりするんじゃないかと内心ヒヤヒヤしたけれど、案外速水は普通に挨拶を終えていた。この分なら明日のホームルームもある程度は任せられるんじゃないか。


「え…無理ですよ」
「何でよ」
「そういうの得意じゃないし…吉岡さんがやった方が良いです」
「私だって別に得意じゃないよ」
「……」
「……」
「はあ…じゃあ半分ずつで」


ため息した。敬語の次はため息だ、私だってやらなくて良いんならやりたくないんだけど。だいたいこういうのは男が男らしく引っ張ってくれるもんなんじゃないのか、昨年の文化祭委員の二人はそんな感じだったというのに。

不満たらたらで明日を迎えた私は、きっとかなり機嫌の悪い顔をしていたのだろう。目があった瞬間の速水は、困ったような怯えたような顔をした。いつも俯き気味だから、しゅんとされるとさらに弱々しい。


「速水?どした?」
「吉岡に睨まれてビビり中ー」
「…別にそういうわけじゃ」


そして、ホームルーム自体はまあまあ滞り無く進んだ。と言っても、うちのクラスは元々騒ぐような人が少ないからか、速水が怠そうに喋ってても声が行き届く程度には静かだったし、出し物は浜野の提案により海の家風喫茶店とすんなり決まったというわけだ。そう言えば、クラスで出し物をするのは通例だとして、今年からは各部活でも出し物をしなければならないらしい。


「私は帰宅部だから特にないけど、速水達はサッカー部なんでしょ?」
「…まあ、一応」
「そういや何すんだっけ俺ら」
「うーん、神童はグラウンド解放して何かやるって言ってたような…」
「だるいなー」
「まあそう言うなって」


とにかく、サッカー部で何かやるならそれはそれで結構だけど、クラスの仕事はきちんとこなして欲しいものだ。まずは喫茶店のメニューを考えなきゃいけない。誰でも簡単に作れて且つ費用のかからないもの。あとは海の家風な室内の飾り付けなんかも。考え出すとやることがいっぱいあって目眩がしそうだ。


「とりあえず、速水は今日も部活あるんでしょ?メニューに関しては私が放課後にでもお店回って考えてくるから予算の計算とかは速水がやってよね」
「…はあ」
「はい、じゃあまた明日」


何だか子供を相手にしているような物言いになってしまった。鶴正なんて、名前だけなら何か強そうなのに本体はどうしてあんなにネガティブなのだろう。まあ決まってしまったものは仕方がないし、その内速水だってやる気を出してくれるだろう、それに賭けるしかない。


「…頑張るよなあ吉岡さん」
「お前もっとやる気出せば?その内マジで切れるんじゃね、吉岡」
「そんなこと言っても…こういうの、向いてませんし」
「お前なあ…」
「…よし、決めた!」
「は?」
「ちょっと来い速水!」
「え、何です急に」
「おいおい、どこ行くんだよ浜野!」
「いーからいーから!」
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