夕暮 | ナノ




「…何でいるの」


ここは駅前の女子に噂の喫茶店。文化祭の出し物のために、私はわざわざ一人で席に座りメニューを眺めていた。そんな時ドカッと投げられるように向かいの席に押し込まれたのは、何故か、速水。恨めしそうに自分を連れてきた相手を見ている。


「やっほー」
「…部活はどうしたの?」
「キャプテンに頼んで休ませてもらった!速水だけだけど」


へらっと笑いながら速水を指差した浜野と、暇そうに携帯をいじっている倉間はジャージ姿だ。対する速水は制服のまま。これは本格的に休んだらしい。別に気を使う必要はなかったのに。まあ必要以上にお金も浪費せずに済むし、一人寂しく喫茶店に居座ることもなくなるからそれはそれで助かるのだけど。


「じゃ、俺たちはこれで」
「……」


終始ニコニコしていた浜野と最後まで一言も発さなかった倉間は速水を残して店を後にする。当の速水はと言うと、またため息をついて眼鏡を正し、メニューを手にとった。


「何か良さげなの、ありました?」
「…これとか」


案外真面目に考えてくれているらしい速水と、ある程度メニューの目星をつけていた私は、あーだこーだ意見を出し合った。これは女子に人気があるとか、あれは材料が手に入りにくそうだとか、個人的にこれを食べたいなんて話までした。速水とこんなに話たのはきっと初めてだ。


「じゃあ、無難にケーキを数種類と、海の家っぽくかき氷、あとは作り置きできるからゼリー類、飲物はコーヒーとラムネと麦茶ってことで」
「うん、決まりだね」


やっと一息つけた。特に何か頼むこともなく喫茶店に居座り続けるのは大層居心地の悪いことだったが、速水が来たおかげでそれも多少は軽減された。これならカップルでだべっている風に見えなくもないし、変な客だとは思われてはいないはず。そこまで考えて、だんだんこの状況が恥ずかしくなってきた。


「せっかくだし何か頼みます?」


放課後の喫茶店に、男女が二人で長い間おしゃべり、これはどう見てもカップルだ、速水と?私が?


「…吉岡さん?」
「え!あ、な、何?」
「…せっかく喫茶店にいるんだし、何か頼まないんですか?ここって女子に人気の店なんでしょ?」
「あ、…頼む」


速水は何事もなくしているのに、私は一体何をこんなにドギマギしているんだ、これはただの視察であって、決してデートとかそういうのじゃないのに。普段そういうことをしないせいか、妙に意識してしまう。私はもぐもぐと注文したケーキを頬張りながら、出来るだけ平静を保って速水と今後の予定を話し合った。


「じゃ、お疲れ様です」
「…あの、速水」
「はい?」
「部活休ませちゃってごめんね」
「…あ、もしかして、さっきそのこと考えてたんですか?」
「え?」
「気にしてないですよ、むしろ俺の方が謝らなきゃいけないと思うし」
「…ありがとう」


きっと、美味しいケーキを食べて気分がよかったせいだ。夕日に照らされた速水の、肩をすくめながらの控えめな笑顔が、ちょっといいなって、思ってしまった。
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