花縁 | ナノ





「桔梗、その子は何だ?」
「…つい先日水揚げしたばかりの新入りです。客がつくまでは私の付き添いをするようにと主人から…お気に障るようでしたら下げさせます」
「いや、いいさ」
「え?」
「試してみようじゃないか、観客がいた方が楽しめるかもしれないだろう?私も、お前も」
「な、!?」

そいつは、僕が翼の付き添いをするようになって丁度三人目の客だった。前二人はそういう雰囲気になると直ぐに僕を追い出したのに、そいつは違った。僕が見ている目の前で、翼に口づけ、組み敷いた。初めて見る行為から目を離せなかった。やましい気持ちなんてない、ただ、恐怖だった。腰が引けて上手く立ち上がれない。翼は苦しそうに息を切らせながらも、見るな、とか、雛菊、とか度々漏らしていたけれど全てが終わるとぐったりして床に転がった。その客は帰り際に気持ち悪く笑いながら僕の頭を数回撫でた。

気持ちが悪いと思った。その男が、その行為が。汚い、怖い、そんな気持ちがぐるぐると頭の中を渦巻いて、いつか自分もあんな風に、よく知りもしない男に肌を許すのかと思うと、体の震えが止まらなかった。

「…みっともないところを、見せたな…大丈夫か?」

翼はただ、弱々しく立ち上がって僕の頬を撫でた。今度は気持ち悪くなかった。けれど、体の震えは止まらない。怖かった。言葉にはならなかったけれど、代わりに涙がぼろぼろと着物を濡らした。

僕だって本当はこんな仕事したくない。まだ異性とだって経験は浅いのに、同性相手なんてもっと恐ろしい。辞めたいし逃げたい、けれど、僕が生きて行くにはこうするしかないのだ。翼だってそうだ、頭もいいし僕より体力もあるのに、ここから出れば野垂れ死ぬ、独りぼっちの弱い人間だ。そして僕は、そんな翼よりもっと弱くて小さい。僕が生きるには、翼みたいに強くならなきゃいけないんだ。だから、特に翼の前では、弱音は吐かないように今まで勤めてきたというのに。

泣きじゃくりながら、いつの間にか翼に抱きしめられているのに気がつく。嫌だと感じなかったのは、なんでだろう。着崩れた肩口に顔を埋めて、押し殺すように泣いた。泣きながら思った。そういえば、漠然と見ていたあの悪夢の中でも、翼だけは、とっても綺麗だったなと。客の全部が、翼みたいな奴だったらいいのにと。表情は見えなかったけれど、翼も泣いているみたいだった。


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テーマ「人外ファンタジー」
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