花縁 | ナノ





「つばさぁー!」

バタバタと騒がしい足音が近づいてくる。簡易ではあるにしても着物という大層動きにくい出で立ちのままで、どうしてそこまで忙しなく動き回れるのか理解出来ないが、奴、天童遊は今日も育ち盛りの活発さを惜しみなく発揮していた。

「店の中で本名を出すなといつも言っているだろう、客に聞かれたらどうするんだ」
「あ、ごめんごめん!つい!」
「まったく…」
「それよりさ!僕の源氏名、"雛菊"に決まったんだって!」

心臓が軋む音がした。源氏名が決まるということは、正式に男娼として接待をしなければならなくなるということだ。俺はこの世界に身を投げてから長い、しかし遊はつい数月前にここに来たばかりだ。それに、年齢だって俺よりずっと幼いのに。何より、俺自身が、せめて遊には綺麗なままでいて欲しいのだ。いつだって生意気で我が儘だが、誰よりも俺を慕ってくれた大切な弟分だ。それが他人に良いようにされてしまうなんて、こんな屈辱があるだろうか。

「これで僕も"桔梗"と同位だね!」
「…調子に乗るなよ、そういうことは客から指名を取れるようになってから言うんだな」

桔梗、とは俺に与えられた源氏名のことだ。誠実を意味するこの気高い花の名を与えられた俺は、この遊郭でも一二を争う位にあると自負している。それだけ俺を指名する客も多いし、遊のような新入りの見習いを連れて教育する義務があるのだから。まったく皮肉なものだ。

「とりあえず初めの内は桔梗の付き添いをして接待のおさらいをするようにだってさ!」
「そうか。それじゃあ今日は予約も一人だけだから、早速ついて来い」
「はーい」

遊は、ここから少し離れた村で生まれ、親に捨てられた、所謂孤児という奴で、独りでこの遊郭地区まで歩いてきたらしい。ぼろぼろになって倒れていたと聞くが、愛らしい顔に目を付けた此処の主が上手く言いくるめて見習いにしてしまった。初めの内は豪勢な食事に目を輝かせていたから、遊の故郷はきっと飢餓の苦しい村だったのだろう。そう言う点だけ見れば、遊はここで雇われることが出来て幸福だと言えるかもしれない。しかし、この場所で生きていくということは煌びやかな暮らしが約束される代わりに、男としてのプライドも、自由も未来も全て失うことに等しい。俺も遊もそのことは重々わかっているし、だからこうやって、後戻り出来なくなっていく遊を見ていると胸が痛い。最初は遊も男娼になることを大層嫌がり、痛々しく泣いていたものだ。しかし最近は諦めたのか腹をくくったのか、遊は一切弱音を吐かなくなっていた。


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テーマ「人外ファンタジー」
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