青砥 | ナノ




汗がまとわりついて気持ち悪い。日が大分傾いてしまった。母さんには悪いことをしたなぁと思う、心配しているだろうか。私たちは、とりあえず急いでその路地から離れた。本当は屋敷まで帰れれば一番安全なのだけど、あそこへ行くには大通りを通り抜けなければならない。役人が彷徨いているだろうから、それはあまりにも危険だった。家屋の隙間をぬって、大通りを避けながら川沿いに走る、走る。子供も大分息が上がっているし、私も限界が近かったので、小道の脇に置かれた桶の影に身を潜めた。それからどれくらい時間が立ったのかわからないが、そろそろ屋敷に戻らなければ、騒ぎになっているかもしれない。とりあえず、夜になってしまうと不味い。それだけは避けなければ。

「とりあえず、行こうか」
「……」

子供に向けて言葉だけは投げつけてみるものの、きっと通じはしない。私が立ち上がったから一緒になって立ち上がって、何か言葉を発したからそれを聞いて首を傾げている。でも、どうせ理解していないんだろうけれど、繋いだ手を、まるで返事をするかのようにしっかりと握り返してくれたから、少しだけ勇気が出たの。意を決して、今度は出来る限り人目に付かないように移動を始めた。




「おいお前ら、ちょっと止まれ」

子供とぶつかった家屋の近くまで戻ってきたときだった。不意に背後からかかった男の声に、冷や汗が吹き出す。恐る恐る振り返ると、刀を携えた大柄な男が二人、訝しむような目をこちらに向けていた。役人だ。ついに見つかってしまったと冷静に考えることは出来たものの、やっぱり頭は混乱しているようで、走って逃げる以外の選択肢が思い浮かばない。どうしよう、どうしよう。役人は案の定、頭から布を被って姿を隠している子供を指差して何やら話し合っている。子供はまた、ぎゅっと私の手を握った。今度は少し震えているように感じたけれど、私自身も足ががくがくしていたから、どっちが震えているのかよくわからない。

「そこの子供、顔を見せろ」
「あ、あの、この子は」
「さっさとしないか!切るぞ!」

半日近く続いた長い捜索に、きっと痺れをきらしていたのだろう。子供を庇うように前に出た私に、役人は本当に抜刀せんばかりの勢いで怒号を飛ばしてきた。まさに万事休す、そのときだった。


「物騒ですねえ」


涼しげな声がした、懐かしい声だ。振り返った私は、思わず涙をこぼした。後ろにいたのは、数月前に異国へ旅立ち今日やっと帰っていらっしゃった、私の兄のような存在の三人。同じ顔が役人を鋭く睨みつけていると思えば、ふと視線を私に向けて目元をゆるめた。

「なに泣いてんだ」
「迎えに来ないから何してるかと思えば…本当お前は世話が焼けるな、るり」
「詳しいことは屋敷に帰ってから聞きますから、帰りますよ」

役人の存在など忘れてしまったかのように話す三人を見て、私も安堵の息を吐いた。役人はと言うと、降矢のご子息だとか噂の三つ子だとかこそこそと耳打ちし合ったかと思うとそそくさと去っていった。降矢はこの辺りでは名の知れた名家であるため、変に疑えば立場が危うくなると考えたのだろう。それに、降矢の屋敷に帰るのならば後日いくらでも不法入国者に関する調査は出来る。その間子供は、泣き出した私と急に現れた三つの同じ顔を困惑したように交互に見ていた。


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