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テレビのスピーカーから、お笑い番組特有の笑い声があふれた。最近売れてる芸人がネタを披露しながら大きな声でしゃべり続けている。きっとそれなりに面白いことを言っているのだろう、司会の男の人や美人なアナウンサーが腹を抱えて笑っている。でも、一生懸命な芸人さんには悪いけれど、そのギャグはわたしの耳まで上手く届いていなかった。それよりも、カチコチと時計の針が動く音やキッチンでザクザクと野菜を切り刻む音の方が、鮮明にわたしの鼓膜を揺らしている。のんびりしていてくれと、テレビのリモコンを渡した彼がキッチンに籠もってから三十分ほど経っただろうか。緊張のあまり正座していたため足がそろそろ限界だ。背中がすっかり固まってしまっている。ぐつぐつと鳴っている、恐らく鍋から漂っているカレーの香りだけがわたしを癒やし、腹の虫が呼応している。

彼とつき合いだしたのは、ちょうど二年前のことだ。ただ見つめるだけだった彼が、たまたま隣の席に座ったのが付き合い出す一年前。そして、彼を初めて視たのがそのさらに数ヶ月前。長い長い片思いだった。初めて彼の視界に自分が映ったときなんて、夢でも見てるんじゃないかって頬を抓ったものだ。そして今も、改めて、頬を抓ってみる。痛い。

彼との出会い、といってもわたしの一方的なものだが、わたしが最初に視た彼は、同じ講義を受けながら真剣にノートを取っていた。眠くなることで有名な講義で、ほとんどの生徒が船をこいでいる中、彼だけはしっかり前を見据えていた。最初こそ、馬鹿みたいに真面目な奴だなと思ったが、わたし自身その講義は面白くて好きだったので、同じように真剣に話を聞いている生徒がいることを密かに喜んでいた。講義で初めて顔をあわせてから、少しずつ話すようになったわけだが、彼の人物像はというと、真面目で堅実、ちょっとだけ天然なところがあるものの、男らしく頼りになる性格をしている。そして、これは話すような仲になってから知ったことだが、彼はサッカーをやっていた。中学の頃から続けていると言うから、どんなものかとさり気なく見に行ったときは仰天せざるを得なかった。普段話すときは穏やかにニコニコしているのに、ゴール前に立ったときの彼は、いつも以上に真剣で、張り詰めた空気に息をのんだものだ。それまでずっと、気になる、程度のあやふやだった感情が、きっとそのころから少しずつ恋愛感情へと傾いていったのだと思う。

彼が告白を受けてくれたときのことは、今でも昨日のことのように思い出される。先に言われてしまったと、照れくさそうに笑ったのを見て、涙があふれた。それから特に大きな波乱もなく交際を続けられたのは、一様に彼の大らかな性格のおかげであると思う。もちろん喧嘩をしたときもあった。些細なすれ違いでわたしが怒ったときもあったし、珍しく彼が腹を立てたときもあった。それでもわたしたちは、今ここに、こうやって二人で時を共有している。

流石に待ちくたびれた。それによく考えたらこれって逆じゃないか。彼は見た目の男らしさに反して料理が上手いという謎の女子力を持っているから、ついつい任せてしまったが、こういうのは普通女が、もしくはせめて二人でやるものだ。キッチンまで行くと丁度サラダを盛りつけていた彼が優しく笑って、もう少しで出来るぞとか何とか言っている。何だか新婚みたい、そう言って笑うと、彼も幸せそうにわたしを抱きしめた。

わたし、こんなに幸せでいいんだろうか。ふとそんなことを考えることがある。昨日も一昨日も、その前も、今日だって、幸せだ。明日もこの幸せが続くんだろうか。いつまでこの幸せが続くんだろうか。不安ではない、希望だった。明日も、明後日も、ずっとずっとこうやって、二人で、幸せな時間を築いていければいい。根拠も何もないのに不思議と安心できるのは、きっと、貴方がいるから。口には出さなかったけれど、彼にもこの気持ちを伝えたくて、そっとそっと、キスをした。

明日知らず / 20120625

つまらん

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