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※原作ネタバレあり

「青砥くん、お次どうぞ」

濡れた髪をふきながら竜持が声をかけると、ボールを足裏で器用に転がしていた青砥が顔を上げた。特に何を言うでもなく、「あー」だか「おー」だか言葉とは言えない声を発した彼は、着替えやら洗面用具やらを持ってシャワー室へと向かう。イタリア遠征の宿泊先で同室になった二人だが、青砥は本当に口数が少ない。竜持から話しかけなければまず口を開かないし、サッカー以外のことには大抵、最低限の短い言葉しか返ってこないのだ。竜持本人は、同じく口数の少ない兄とずっと一緒に過ごしてきたからか特に気にすることもないのだが、チームメイトなのにコミュニケーションがとれないというのも些か淋しいものだった。それに、つい最近まで違うチームで、違う学校で生活していた青砥のことをもっと知りたいとさえ思っている。

そんなことをゆるりと考えながら明日の準備を整えていると、入浴を終えた青砥がシャワー室から出てきたようだ。

「え、ちょっと青砥くん。髪が濡れたままじゃないですか」

驚いた竜持が発したのはそんな言葉だった。滴る、という程でもないが、おそらくタオルで少し拭ったくらいではないだろうか。無造作に水分を含んだままの髪は、普段の金色よりも少しくすんでいるように見える。竜持の言葉を受けた青砥はというと、風呂上がりなんだから当たり前じゃないか、とでも言うように首を傾げている。竜持の片割れたちもかなり大雑把な性格をしており、昔は彼らも風呂上がりの髪をほったらかしにしていたが、最近は各自で手入れするようになっている。しかし青砥は、あまり自身の見た目に関心がないのだろうか、あろう事かそのまま布団を整えて寝る体制に入ろうとしていた。

「ちょ、ちょっと待ってください。そのまま寝たら風邪ひきますよ?」
「…あったかいから、大丈夫だ」

確かに此処スペインは、地中海性気候に属する温帯地域だが、それでも夜は多少気温が下がる。濡れたままの髪は外気に晒されてジワジワと体温を奪うのだ。以前同じように髪を拭かないまま布団を被った虎太が、翌朝熱を出して大騒ぎになったことを思い出しながら竜持はため息をついた。

「あったかくても濡れたままだと冷えちゃいますよ。寝癖なんかもひどくなるし…とにかく、乾かすの手伝いますから、ここ座ってください」

渋々といった体ではあったが、青砥は例のごとく何も言わずに起き上がり、鏡の前に置かれた椅子へと腰掛けた。寝癖という単語に少し反応したようにも見える。青砥の髪はふわふわとした癖っ毛だ。今は濡れているからそうでもないが、乾かすと自然にくるくる跳ねてしてしまう。もしかしたら、青砥はそれが嫌なのだろうか。水を含んで癖の少ない、今の状態のまま寝てしまいたかったのかもしれない。いつもは無表情でよくわからないが、可愛いところもあるものだなと、大人しくタオルで髪を拭いている青砥にバレないよう竜持は微笑む。

「あ、そのままじっとしててください。乾かしますから」
「え、それくらい自分で…」
「いやあの…僕、保育園の頃とかに虎太くんたちの髪、乾かしてあげてたんですよね。何か懐かしくなっちゃったんで、任せてもらえませんか?」

それはつまり自分が幼いと言いたいのか、青砥があからさまに眉をひそめたのを華麗にスルーして、竜持はドライヤーを手に取った。青砥は納得のいかない表情をしてはいるものの、特に拒む理由もないのでされるがままになっている。触れた髪は予想以上に手触りがよかった。段のついた短めの髪は、手で梳くとあっという間にすり抜けて行くのに、撫でつけたときの反発は綿菓子のようだ。

だいぶ乾いてきたなと、竜持がブラシに手を伸ばしながら不意に目線を上げる。鏡越しに青砥と目があった。サッとそらされた蒼い瞳は少しだけ眠そうだ。

「どうかしました?熱かったですか?」
「…  、」
「え?なんですか?」

ドライヤーの音にかき消されて、最初の青砥の言葉を竜持は聞き取れなかった。青砥の声は高いから、しっかり発声すればよく通る。もう一度返ってきたのは、試合中でもないのに、青砥にしては大きな声だった。

「兄弟ってこんな感じなのかなって」

思ってもいなかった言葉を受けて、竜持は一瞬面食らう。そして、優しく笑った。まさか青砥がそんなことを考えていたなんて思いもしなかった。自分自身は生まれたときからずっと三人兄弟で過ごしてきたから、兄弟がいないという感じが想像もつかない。しかし青砥は、兄弟はおろか父親とも会えないし、母親も家を空けることが多いという。単純に、家族が常に傍にいる感覚をまだ掴めていないのだろう。羨ましい、という感情よりも好奇心に近い思いが、その問いに隠れているのかもしれない。

「そうですね。ずーっと一緒だとたまに面倒くさくもなるんですけど、こうやって世話を焼き合えるのは兄弟ならではかもしれないですね」
「…ふーん」

ドライヤーを止めて、完全に乾いた髪から名残惜しそうに手を離し、竜持はもう一度青砥を見た。少しの沈黙が落ちる。ずっと気になっていたことがあるのだ。自分とは生い立ちも何もかも違う青砥のことを、理解したいと思っていた。チームメイトとしてそう考えていたのでもあったし、何かもっと別の感情があったのかもしれない。同じように無口な分、あるいは虎太ならわかったかもしれないが、竜持は青砥の口から話してくれなければわからない。自分から踏み込まなければならないときもあるのだと、いつか母に言われたことを思い出した。今は、きっとそのときだ。

「青砥くんは、その…ご両親と一緒にいられなくて淋しくないんですか?」

他人の家庭事情に踏み入るというのを、竜持は躊躇っていた。しかも、青砥とはもともとライバルのような関係だったし、知ったところで竜持に出来ることは何もない。しかし、それでも、知りたいと思っていた。知ってどうこうしようと言うわけではない、憐れみでも同情でもないのだ。自分たちはまだまだ子供だ。それなのに、ただただボールを蹴り続けるその強さは、いったい何を糧として、なにを目指しているのか。それを知りたかった。

「……ちょっとは」

青砥は少しだけ目を伏せた。ちょっとは淋しい。けれど、両親に自分を見てもらうのは、もっと上手くなってからでいい。青砥はたまに、試合中であってもよそ見をすることがある。見ているのは、大抵観客席だ。シュートを決めたとき、相手ディフェンダーを抜き去ったとき、無意識に、青砥は両親を探している。淋しくないはずはないのだ。自分だって、親に認めてもらいたくてここまで来たようなものだ。しかし青砥は、淋しさを表情には表さない。向上心と、いつか来るその瞬間のビジョンが、青砥を動かしているのだ。観客席に両親の姿を見るときは、最高の自分で在りたいのだ。小さくてひたむきなプライドが、愛しかった。

「…そうですか」
「髪、ありがとう」

静かに笑った竜持の言葉にひとつ頷いて、穏やかに呟いた青砥は、さっそくベッドへ向かった。余程疲れていたのだろうか、あっと言う間に寝息を立て始めた姿に竜持は苦笑する。眠っている様はやはり幼いのに、彼は自分よりも強いのだ。確かな目標を持ち、自分の一番やりたいことをやる。たったそれだけのことが、どうしてこうも難しいのだろう。いつか自分も、彼のように、そう思って、竜持はもう一度青砥の髪を撫でた。

君だけの海をつくる / 20120429

かなり自己解釈入ってます…orz



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