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「…こんなとこにいたのかよ」

夕焼けに照らされた公園の隅の隅に座り込んでいた太田翔は、背中からかかったダルそうな声に、俯いていた顔を上げた。振り返り、眩しい夕陽に目を細める。オレンジ色をバックに仁王立ちしている降矢凰壮は、練習終了時間になっても集合場所に戻らない翔を探しに来たところだった。やっと見つけた翔はというと、木の陰で小さな身体をさらに小さくさせていて、とても練習に励んでいたようには見えない。眉間に皺を寄せながら凰壮は、苛立ちを隠さず、かといってサボっていたことに説教をするでもなく、翔に言葉を投げつけた。

「個人練習だからってどこに行っても良いってわけじゃねえんだぞ。コーチたちも探してるし、早く戻れよ」
「あ、うん…ごめんね」

苛立ったように頭をかいていた凰壮だったが、そう言いながら弱々しく目元を下げて笑った翔に思わず動きを止める。生来太田翔という人物は、良く言えば天真爛漫で粘り強く前向き、悪く言えば脳天気で諦めが悪い、そんな性格だと凰壮は認識していた。いつもなら溌剌と眩しいくらいの笑顔を見せる翔が、こんなに辛そうなのは何か理由があるはずだ。

「…どうした」
「え?どうもしないよ?」
「どうもしない訳ないだろ、そんな顔して!ふざけんなよ!」

凰壮の怒鳴り声に、翔はビクリと肩を震わせた。またやってしまったとバツが悪そうに明後日の方向を向いた凰壮は、ひとつため息をついて翔の方へ歩き出す。つい口調が荒くなるのは、凰壮の悪い癖だった。別に怒っている訳ではないのに、明らかに嘘をついて、無理やり笑う翔に苛立ってしまったのだ。無言のまま翔の隣に腰を下ろす。恐る恐ると言った風に凰壮を見ていた翔と目があった。

凰壮は三つ子の三男として、他の二人に気を配りながら育ってきたせいもあってか、他人の変化や心情を読み取ることに長けていた。よく誤解されてしまうが、凰壮は決して他人に関心の薄い性格ではないのだ。むしろ、鋭い観察眼を持っている分、誰よりも先に、その違和感に気づいていた。

「お前、最近どうしたんだよ」

太田翔と言う人物像が揺らぎ始めたのは、今に始まったことではなかった。その変化は、翔を中心として作られた新チームが活動を本格化させ始めた頃から、少しずつ見られるようになっていた。その頃から凰壮は翔に対する違和感を薄々感じていたし、その頃から翔も上手く笑えなくなっていた。それでも凰壮が、今まで翔に何も言わなかったのは、コイツなら自分で何とか出来るのではないかと思っていたからだった。しかし、今の翔を見ていると、どうやらその悩みは思った以上に深刻らしかった。

「練習の度に死にそうな顔してる。なんつーか…サッカーしてても楽しそうじゃないんだよ、最近のお前は」
「そう…かな」
「そうだよ」

どうしてこんなことになっているのか。察しの良い凰壮はだいたい見当が付いていたが、翔自身が気づかなければ意味のない問いである。数十秒程に渡って黙ったまま俯いた翔を見つめていると、彼はぽつりぽつりと胸の内を明かし始めた。

みんなで練習をするようになってから、自分の下手くそな部分が今まで以上に露骨に感じられてしまうこと。みんなは自分をキャプテンだと言ってくれるけれど、本当に自分に勤まるのか不安に思っていること。チームのために、自分が出来ることは何なのか。自分は本当にチームに必要な存在なのか。吐き出せば吐き出すほど、溜まっていた悩みは溢れて止まらない。それに嗚咽が混ざり始めた頃には、もうすっかり日も暮れてしまっていた。日が落ちても誰も探しに来ないのだから、肩を並べて話し込んでいる自分たちを見つけた誰かが、気を使ってくれたのだろう。翔が落ち着くまで、邪魔が入ることはなかった。

「…ごめん、情けないね」
「さっきから謝ってばっかだな、お前」

鼻をすすりながら苦笑する翔を見て、凰壮は困ったように目を細めた。確かに翔は、自分たちに比べれば技術も体力も劣っているし、キャプテンという重要な役割を担うには些か頼りなく思えてしまう。しかし自分は、キャプテンは翔以外にあり得ないと考えているし、自分に無いものを翔は持っているように感じるのだ。例えばそれは、底無しの明るさだったり時々垣間見える集中力だったり。そのことを彼に伝えるには、一体どうすれば良いのだろう。

サッカーを諦めかけていた自分を、また奮い立たせたあの時のように、周りを熱くさせる。自分が、自分たちが、翔の影響力にどれだけ助けられているか。そこまで考えて、なんだ、そうなのだと、凰壮は納得したように笑って翔の頭をくしゃりと撫でた。

「俺は、お前が羨ましいよ」
「え…?」
「俺にないもの、竜持にも、虎太にもないもの、沢山持ってるじゃねえか」
「凰壮くんたちに、ないもの?」

そうだ。コイツは弱っちい分、それと同じくらい強みを持っている。たくさん悩む分、這い上がる力を持っている。そのことを、俺は知っている。だから、それだけで良いんだ。コイツが立ち直れないくらい悩んだら、俺が引っ張ってやればいい。ひとつずつでも、コイツの強みを見つけて、教えてやればいい。そうすれば、翔はまた笑うだろう。俺は、翔の笑った顔が好きなんだ。

「そうだな…まずお前は声がでかい」
「ええ!それが羨ましいの?」
「いや、それは羨ましくないけど」
「さっきと言ってること違う!」

困惑した翔の顔が面白くて、凰壮はたまらず吹き出した。翔も笑った。夜の公園に、二人分の笑い声が響いた。

夕焼けと星空 / 20120409

視点ぶれまくってすいません…最後くじけて投げました。凰壮くんKUZUカッコイイ



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