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「世界、か…遠いですね」

隣に座る宮坂が乾いた声で呟いた。そうだな、と相槌を返して夕暮れに目を細めると、下の川に一枚だけ葉っぱが浮いているのに気がついた。ゆっくりと流れに乗ってどんどん遠ざかってゆく様は、さながら俺たちのようだと思った。思えばサッカーを始めてから、まだ1年も経っていない、ほんのちょっと前までは俺のフィールドは芝生の上じゃなくて、茶色の地面に敷かれた真っ白なラインの上だったんだ。そしていつも隣にいたのは円堂でも豪炎寺でもなく、宮坂だったんだよな、そう思って傍らの宮坂を見ると、川を見つめる表情が何だか以前よりも大人びたように感じた。視線に気づいた宮坂と目が合う、宮坂はくしゃっと笑って、頑張ってくださいね、と囁いた。

「テレビ中継ありますよね、絶対見逃しませんから!」
「はは、ありがとう…照れるな」

不意に微笑んでいた宮坂の瞳が揺れた。首を傾げた俺を見て宮坂は、やっぱり前よりどことなく大人びたような笑顔を淋しそうに陰らせて、俺から顔を背けるように立ち上がった。数歩前に出た宮坂の表情は、その場に座ったままの俺からは見えない。ただ、何となく予想のつく次の展開に小さく苦笑いを零す。振り向いた宮坂は瞳の端に涙を溜めて、それでも尚、笑顔を崩さなかった。

「やっぱり、ダメだな…今度は普通に、笑顔で送り出そうって思ってたのに…風丸さんと話してたら、抑えきれないや」
「…宮坂、」
「風丸さん。僕はまた、風丸さんと走りたいです」

でも、もう、こっちには戻ってこれなくなっちゃったんですよね

ズキンと心臓が痺れた。陸上部には、もう戻ってこないんでしょう、そう全て見透かして言う宮坂がひどく悲しげで、そして、後ろをいつもついてきた可愛い後輩がこんなに辛い思いをしているのは自分のせいなのだと実感した。走るのは、楽しい。ただゴールテープを目指して走るあの爽快感も、まるで翼が生えたかのように錯覚するあの瞬間も、全てが俺の宝物だ。だけど、それ以上に大切なものを俺は、見つけてしまった。宮坂たち陸上部が嫌いになったとか、大切じゃなくなったとか、そういうわけでは決してないけれど、きっと俺はこれからも円堂たちと一緒にあの白いボールを追いかけていくんだろう。宮坂はたぶん、無理をして俺の背中を押そうとしている。必死で自分の願いを押し殺して、笑顔を作っているんだ、俺のために。

「でも、風丸さんが世界で活躍してくれるなら、僕たちも本望ですよ」
「……」
「だって風丸さんの足の速さは、陸上部仕込みですからね!」
「宮坂、」
「それを世界で証明してくれるんだから、」
「宮坂、ごめんな」

笑って表情が一気に揺らいだ。不謹慎にも、きれいだな、なんてその雫を見つめて、泣きながら飛びついてきた宮坂を抱き留める。そこにはさっきの大人びた雰囲気なんか欠片もなくて、以前と何ら変わらない後輩がいた。本当は、帰ってきてほしいんです、世界になんか行ってほしくない。そう涙ながらに叫んだ宮坂に、心が痛んだ。ひとしきり泣いた後、弱々しく俺の胸元を押した宮坂は眉を下げて泣きはらした目を隠すように俯いた。すみません、と漏らす宮坂の瞳に残っていた雫を親指で拭って、頭を3回ほど小突く。

「宮坂、俺は今、円堂たちと一緒に行きたいと確かに思ってる」
「…はい」
「でも、今までも、これからだって、俺はお前らのこと忘れないから」
「……、」
「走りつづけるから」

そう続ると、宮坂は小さく、安心したように目を細めて、もしもサッカーに飽きたら帰ってきてもいいですよ、と表情と合っていない生意気な台詞を吐いて肩をすくめた。夕焼けが沈む、さっきの葉っぱはもうそこからは見えないところまで流されてしまったようだ。すっかり元の笑顔に戻った宮坂は、競争しましょうと河川敷を走り出す。久しぶりに肩を並べて走ったら、宮坂は以前より随分速くなっていた。この足と、陸上部で宮坂たちと作り上げてきた風を感じる術さえあれば、俺は、俺たちは誰にも負けないと思えた。

駆け出せ! / 20100629

絶対1回くらい衝突があったはずだ。えええ世界って!ライオコット島ってどこですか風丸さん!いつ帰ってこれるんですか、ねえ!みたいな。宮坂後輩かわいい


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