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「子ども、欲しいね」

ふと独り言のように吹雪が呟いた。隣に座って夕日を眺めていた綱海は驚いたように彼を見て、切なそうに笑った後また視線を戻す。吹雪は至極真剣な顔をしていた。そうだな、といつもの調子で返答した綱海を吹雪が見上げると彼はまるで少年のように無邪気に笑う。そして子供なら男の子と女の子1人ずつがいいだとか、女の子なら吹雪に似て可愛らしく育つだろうとか、男の子ならサッカーもサーフィンもやらせたいだとか、そんな話をし始めた。付き合ってもう5年、2人とも中学生だったあの頃に比べると背も伸びたし心も大人に近づいた。変わらないことと言えば綱海のその無邪気さや2人の身長差くらいのものだ。男同士の恋愛なんて世間一般では必ずしも認められているわけなんてないのに幼かったあの頃は、2人でいられればそれだけでいいだなんて小さな幸せを抱きしめていた。しかし年を重ねるごとにそれも容易くはなくなるもので、未来を夢見る欲求だとか周りの他の仲間たちの成長だとかに焦らされてこの関係にも幾分かの支障や不満が生じ始めたのは最近のことだった。

「名前はなにがいいかな」
「太郎とか?」
「ええ、普通すぎだよ」

お互いに顔を見合わせてくすくす笑う。たったそれだけのことがとても幸せだった、ただ、2人一緒に時を過ごして、他愛のない会話をして笑いあう、たったそれだけ。焦りや不安が体を支配していく中で、こんなことなら大人になんてなりたくないと、そう思い始めたのもつい最近のこと。以前まで早く大人になって、2人でずっと暮らしていけるような場所に行きたいねなんて話していたのが嘘のようだ。ほんの少し前までは手を繋ぐことだって特にためらいなんてなかったし、抱き合うことでも恐怖など微塵も感じなかったのに、今はこの2人でいるかけがえのない一時でさえ世間の目に怯えている。

「かわいいだろうね、男の子でも女の子でもさ」
「あったり前だろ、俺と士郎の子だぜ」
「……」
「……士郎、」

不意に俯いた吹雪に苦笑した綱海はその細い体を優しく抱きしめた、静かに嗚咽を漏らす小さな背中をゆっくり撫でる。どんなに真剣に未来を想像してみても、同性である自分たちに子供なんてできるはずがない。それでも願わすにいられなかったのは、せめてもの負け惜しみか、幼稚すぎた利己心か。最後に残ったのは虚しすぎる焦燥感と絶望だけだった。思いは変わらずここにあるのに、体や周囲はぐんぐん自分たちを追い抜いていくのだ、その流れに抗うことも出来ず辿り着いた先で彼らは、ただひたすらに終焉を待つだけだった。出来ることなら、どこか遠くへ行ってしまいたい、しかしそれが現実逃避でしかないことを彼ら自身はよく理解していた。互いを思う気持ちは変わらない、ただ、共に生きていくことだけはどうやっても叶わないのだ。

「あの頃のまま、時が止まればよかったんだ」

叫ぶように絞り出された悲痛な声は、彼を抱きしめるその人にしか届かない。涙を零す瞼に口づけを落とした綱海は、幼かったあの頃よりも随分大人になった表情で吹雪に微笑んだ。それはまるで悲しんでいるようにも見えたし、喜んでいるようにも見えた。彼らの気持ちはいつだって同じだった。ずっと一緒にいられたあの頃に戻りたい、そう祈るのは互いに同様だ。それが叶わないというのもまた然り、だから悲しいのだった。不可能なことはこの世に必然としてあるわけで、あの頃はそれに気づかなかった、否、目を背けても許されていた。しかし大人になった今となっては許されない、たったそれだけのことだった。所詮、自分たちは最初から間違っていたのだ、この思いが本物であったとしても。

「前に、進まなきゃな。俺も士郎も…もうあの頃とは違う、何もかも」
「…やだよ…」

拒否の言葉を口には出しても、吹雪はもう気づいていた。どうしようもないのだと決心していた。あとは2人、踏み出すだけだった。もう一度だけキスをしてあの頃のように笑いあう。絡ませた手と手は、いつまでも解けることのないように思えた。星が輝きだしたとき2人寄り添っていたほんの数分間が永遠のようだった。これまでたくさんの出来事を過ごしてきた2人だが、この短い瞬間ほど愛おしく切ない時間はなかっただろう。2人揃って泣いていた、2人とも笑っていた。そして夕日が沈むころ、ひとつの恋が終わりを告げた。

星になったプロポーズ / 20100324


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