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俺にはヒートっていう幼なじみがいる。小さいときのソイツは体が弱くて泣き虫で、ひとりじゃ何もできない、したくないって感じのいわゆるほっとけない奴だった。

「バーン、様」
「…いーよ、呼び捨てで。別に誰もいねーだろ」
「いいえ、駄目です」

しかしコイツは変わった。弱虫じゃなくなった、強くなった。昔のヒートは俺の傍からいなくなってしまったんだ。別にそれが淋しいとか辛いだなんて思わないけれど、確実に俺とヒートとの間の溝が深まっているというのを認めなくない自分がいる。俺とヒートとの関係が崩れてゆくみたいで少し、怖かった。

「なあヒート」
「何でしょう」
「お前さ。俺のこと、嫌いにでもなったか?」
「なっ…!」

自嘲するように言えば、ヒートは目を丸くして口を開いた。しかし言葉が口から零れ落ちることはなく、ヒートはやるせないように目を伏せる。

「…わかってくれ、」

絞り出すようなヒートの台詞。だが久しぶりに対等な言葉遣いで話してくれたことへの喜びよりも、今の俺の中にはどこか冷めたような鬱陶しい感情が渦巻いている。

「わかってるさ」

ああ、わかってる。全て理解した上で俺はこの道を選んだんだから。俺がチームのキャプテンになれば、他の選手たちよりも格上の存在として認識され、また自分もそのように振る舞わなければならない、それがルールってもんだ。わかってるさ。そんなことくらい、俺にだってわかってる。

「俺だって辛いさ。バーン…に、やっと追いつけたと思ったのに、対等でいられないのはもどかしい。昔みたいではいられないのが悔しいんだ」
「ヒート…」
「…すまない」

お互いに理解している。昔のように無邪気なままではいられないこともわかってる。でもやっぱり、ずっとずっとあのままでいたかった。同じ場所で、同じ目線でサッカーをしたかった。こんな関係を望んでいた訳じゃない。そう思ってしまうことさえも、きっとお互いわかってる。だからこそ辛くて、淋しいんだ。

「バーン、これだけは忘れないで欲しい」
「…なんだよ」
「俺がお前を嫌いになることなんてありえない。それだけは本当だ」

わかってるよ。それも、そう思ってくれてることも。ヒートはいつだって俺の味方で、唯一無二の幼なじみであり、それ以上に大切な存在でもある。ヒートにとっての俺もきっとそうなのだろう。

「…ああ、そうだったな」
「…そんなにつらそうな顔をしないでくれ」

ぽん、と頭に乗ったヒートの掌がひどく懐かしくて、急に切なくなった。

わかってる。全部ぜんぶ、わかってる。だからこそ苦しいんだ。いっそ突き放してくれた方が楽かもしれない。でも、そんなことできない。失うことも、取り戻すことも、今の俺たちには与えられない。身動きの出来ないこの状況がいつまで続くのか、もしくはずっとこのままなのか。俺はただ、父さんに認めてもらいたかっただけなのに。

「…バーン様、練習の時間です。我々は強くならなければいけない」

とって付けたような事務的なヒートの態度にも、いつか慣れる日がくるのだろうか。そうなってしまうのは堪らなく嫌だけど、俺はそれを目指さねばならない。勝つために、強くならなければ。

「…ああ、行こう」

迷い道 / 20100110


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