僕たちは2人でひとつだった。生まれたときからずっと一緒で、きっとこれからもそうなんだって信じて疑わなかった。
だからあの事故も何かの冗談なんだって、そう思っていたかったんだ。
「アツヤ、泣いてるの」
俺たちは2人でひとつだった。俺の隣にいるのはいつも士郎で、何をするときもずっと一緒なのだと、そう信じていた。
雪崩に巻き込まれたあの時、遠退いていく意識の中で一心に士郎のことを思っていたんだ。
『ばか、泣いてんのは兄貴の方だろ』
どうして僕だけが助かったのか、今でもその答えを探してる。あの時たしかに繋いでいたはずの手と手は冷たい雪に阻まれて離れてしまった。初めて感じた孤独という名の恐怖は、空っぽの僕の心を確実に蝕んで、よりいっそう僕を深い闇へ突き墜としていった。そしてついにはアツヤまでも、その闇へ縛りつけてしまうことになった。僕が強くなれなかったせいで。
「アツヤ、」
『…ん?』
「僕たち、やっぱり間違ってるのかな」
どうして俺は死して尚、士郎の中に存在することを許されたのか、今でもその答えはわからない。あの時たしかに握っていたはずの温もりは雪に攫われて届かなくなってしまった。恐いくらいの白に埋め尽くされてゆく中で泣いている士郎の姿を見た気がした。涙を拭いてやるのはいつだって、俺の役目だったはずなのに、兄貴が泣いてる。俺がいなくなったせいで。
「ずっと一緒にいたいって、そう思うのは、間違ってるんだよね?」
『…そうなのかもな』
強くなりたかったんだ。アツヤがいなくても、自分の力だけで生きていかなきゃいけなかったから。アツヤは、本当はもういないはずなんだから。アツヤが安心して眠りにつけるように、僕が覚悟を決めなきゃいけないって、そう思ったんだ。
「そろそろ、終わりにしようか?」
『…ああ、それがいい』
強くなりたかったんだ。俺はいつだって、士郎の傍にいることしか出来なかったから。士郎は自分のせいだと言うけれど、本当は俺に士郎から離れる勇気がなかっただけ。士郎が前を向けるように、俺が背中を押してやろうと、そう思ったんだ。
「さよなら、だね」
『ああ、さよならだ』
「また会えるよね?」
『当たり前だろ』
本当は、どんな形であろうともずっと一緒にいたかった。本当は、2人で完璧になるって夢を叶えたかった。本当は、どこにも行ってほしくない。
『…士郎』
「うん?」
『がんばれよ』
「…うん」
本当は、いつまでも寄り添っていたかった。本当は、いつだってお前の隣にいるのは俺であればいいと願っていた。本当は、離れたくなんてない。
『またな、士郎』
「ばいばい、アツヤ」
ねえアツヤ。翼の片方を失っても、僕はまだ飛べるでしょうか。心が欠けてしまっても、僕はまた笑えるでしょうか。
僕たちは強くなれたのかな。きっとお互い淋しくてつらいよね。アツヤがいないのに、僕だけ生きてても意味があるのか何て、そう思ってしまうときもあるけれど、また君に会えることを僕は信じてるんだ。また君にあったとき怒られないように、よく頑張ったなって笑って欲しいから、僕は歩みを止めないから。
なあ士郎。先にいなくなった俺を、お前は恨むだろうか。お前を独りにした俺を、お前は許してくれるだろうか。
俺たちは強くなれたのだろうか。きっとお前はまた泣くだろう、俺だってそうなんだから。でも、あのとき死んだのが俺だけでよかったと、心からそう思うんだ。離れ離れは苦しいけれど、きっとまた会えるから。せめて最期に、あるべき場所への後押しをするから。
your tern / 20100106