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月が室内を照らしていた。開け放った窓からは生ぬるい風がカーテンを揺らす。ベッドに座り込んだ俺はひとり、悶々と思考に耽っていた。不死鳥、なんて呼ばれている俺だけど、もちろん俺にだって他人と等しく死というものがきっと訪れるわけで、異名もなにも可愛いものだと嘲笑した。俺は昔から、特にスポーツの分野では常に周りの子供たちよりも一歩も二歩も上達や飲み込みが早かったし、多少ラッキーな星の下に生を受けたのだろうと自負している。それでも俺は、そんなに自分自身を凄い人間だなんて思えなかった。幸運でも、なんでもない。俺の命運はいつだって、何処にいるのかもわからない神様って奴の手のひらの上にぽつんと転がっているんだ。

「どうして、俺なんだ…」

無意識に口から出た言葉は、誰かに届くわけもなく風に解けて消えていった。ずっとずっと昔のはなしだ。小さな命をを助けようと道に飛び出した俺は、大きな鉄の塊にぶつかって吹き飛ばされた。目が覚めたら、体中が痛いのに動かすことは出来なくて、目の前も、頭の中も真っ白だった。地獄のようなリハビリを経て、やっと戻ってきた俺の足、自由、翼。取り戻した、勝ち取った奇跡だった。しかし、今はどうだろう。悪夢は、まだ俺を許してはくれていなかったようだ。また、失う。走れなくなる、歩けなくなる、怖い、恐怖、嫌悪、否定、逃避。どうか、もう俺からサッカーを奪わないで。

「カズヤ?」

ハッと顔を上げると、そこにいたのは季結だった。マッサージという名目でよくここを訪れる彼女だけれど、実際のところ本当の目的はマネージャーとして俺の足の状態を把握することにある。俺が夜中に明かりもつけず沈んでいるわけだから、彼女が眉を下げて曖昧に微笑むのはひどく自然なことだった。いつものように、どういうときに足が痛んだか、痛みは増していないか、まるで医者のような事細かい質問には軽く返答しておいて、優しく足に触れる季結をただ見つめていた。

「あ、そうだ。わたし、カズヤにプレゼントを持ってきたの」

聞き返す間もなく、季結がポケットから取り出したものは赤いミサンガだった。これ以上、カズヤが苦しまなくていいように、そう言って優しく笑った彼女を俺はたまらず抱きしめた。伝う涙は服を濡らしたけれど、そんなの気にならなかった。声を押し殺して縋るように泣く惨めな俺を、季結は抱きしめ返してくれる。気づくと、彼女の肩も小さくふるえていた。変わってあげられたいいのに、そう小さく呟いた涙混じりの声に、よりいっそう息が詰まった。やるせないのは、きっと季結も同じ。こうやって支えてくれるだけで十分なのに、肝心なところで役に立てない、それが悔しいと彼女は泣くのだ。静かなふたつの嗚咽が月夜に虚しく響いていた。

孤独な太陽 / 20100903


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