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全く今日はついてない、不運すぎてため息をついた。朝から寝坊するし居眠りをしていたせいで購買のパンは売り切れるし、おまけに単語の小テストがあることをすっかり忘れていたせいで案の定結果は最悪、さらに午後から急に降り出した雨のせいで部活は中止、各自自宅で筋トレということになってしまった。全くもってついてない、しかも傘を忘れるという始末だ、どうしようもなく途方に暮れながら昇降口で立ち尽くして雨を眺める。そんなに強くないから走って帰れるだろうか、いやいやずぶ濡れで帰ったりでもしたら先にとっとと帰りやがった無慈悲なヒロトや風介が家に入れてくれないかもしれない。そんな思考をぐるぐる回転させていると不意に背後から声がした。

「あれ、どしたの晴矢」
「季結…」

振り返るとそこにいたのはクラスメートの夢野季結。きょとんと首を傾げるとぺしゃんこの鞄しか持っていない俺の姿でいろいろと察したらしい、手にしていた傘を差し出してきた、貸してやるということだろう。しかし相手は女子、ここで俺が傘を借りるのはいくら何でも格好悪い、ていうか個人的に花柄の傘なんてさして歩きたくない、ちなみに花はチューリップ。しかも俺が傘を使えば季結が濡れてしまうわけで、それでは本末転倒というやつだ。かといってちょっと気になっている女子と1つの傘に、なんて、少女漫画でよくある展開を繰り広げる度胸なんか俺にはない。ここは全力で拒否するのが得策だろう。…いやでも、結構これはチャンス…そもそもここで傘を借りなかったら俺はどうやって濡れずに家まで辿り着くんだ。そんなしょうもない欲とプライドのスパイラルに陥ってしまった俺だったが、その痛いほどの思考回路は季結が鞄から折り畳み式の傘を出したことで急遽切断されることになった。あんなに葛藤したにも関わらず結局は2つの傘を並べて帰る羽目になったわけである、しかもチューリップ柄の傘で。なんだかすごく複雑な気分だ。

「部活は?」
「この雨だからな、家で各自筋トレになった」
「大変だね」
「そうでもねーよ」

最近知ったことだが、俺の家と季結の家は案外近く、途中まで帰り道は一緒なのだ。雨が降っているから当然のことかもしれないが道は人通りもほとんどなく静かなもので雨音だけがやけに耳に障る。ふと横を見ると自分より幾分小さな背丈が一生懸命俺の歩調を追っていた、できるだけ歩幅を合わせるようにゆっくり歩く。その気遣いが、どうか彼女には気づかれませんように。そのとき、季結の肩が僅かながら濡れているのに気がついた。本来持ち運びの利便性を追求した物品である折り畳み式の傘は普通の傘よりも幅が小さく、さらに当の季結は俺のと違って教科書やらノートやら濡れるとまずいものが入った鞄を庇うようにしているから自分自身が濡れてしまっているのだ。これはどうしたものだろう、隣には自分のせいで雨に濡れている女、しかも周りに人影はなしときた。高鳴る心臓を抑え深呼吸をするも、この騒がしい音は止まない。

「…季結」
「ん?」
「こっち、入れよ」
「え…」
「ぬ、濡れるだろ!こっちの方が広いから、」

しどろもどろになりながらも何とか言葉を紡いでいた俺に向かって、季結は花がほころぶようにくしゃりと笑った。ありがとう、と照れたように近づいた体。雨の匂いに紛れた柔らかい香り。少しだけ触れた肩。これ以上ないほど恥ずかしくて顔が熱い。隣の季結が雨に濡れないようにと庇いながら歩く様は、初めてサッカーボールを手にした幼い頃の感覚に似ている気がした。大切なものを守るような、少しずつ自分の中に馴染んでゆくような、そんなどうしようもなく愛おしい感覚。鬱陶しい雨も、冷めたように跳ねて落ちる雫も、今は少しだけ好きになれる気がした。

シャイニー・ギフト / 20100407


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