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「リーフ、」

髪を強く後ろに引かれた。振り向くとそこには息を切らせたマネージャーがいて、依然として髪を掴んでいたから振り払ってやった。オレの髪を引っ張るなんてまったくもってどんな神経してるんだ、そして結構痛かったからなおさら悔しい。いわゆる、ムカついたわけだ。きっと今のオレは不機嫌そうな顔をしているのだろう、目があった瞬間にそいつは罰の悪い表情をして、げ、っと声を出してあははと笑った。失敬な、そしてその間抜け面をなんとかしろ。

「ごめん」
「…なんか用」
「あのね、」

さっき足捻ったでしょ、そう言って氷を渡してきたからギクリとした。確かに捻ったし痛みもあるがみんなに気を使われたりするのも何だか癪なので誰にもばれないように振る舞っていたはずだったのに、まさかこいつに気づかれようとは。マネージャーだからこそ気づいたと言われればそうではあるが、ついさっきの出来事もあって随分決まりが悪い気がする。無言で氷を受け取ったオレにそいつは、監督には内緒にしといた方がいい?だなんて聞いてきた。当たり前だろ、怪我したなんて知られたら練習を休めとまで言われかねない、そうなってしまえばみんなに情報が伝わってしまうのも時間の問題だろう、それでは今日1日の苦労が水の泡だ。思いっきり顔をしかめたオレに苦笑したそいつは無理しないようにねと言った。

「ちょっとでもひどくなってきたら言ってよ」
「さあな」
「みんなに言いふらされたくないなら」
「…わかったよ」

小さく舌打ちをしたオレに、そいつはまた笑う。なんで笑うんだよ、明らかにオレのこの態度は礼儀に適っていないし、まだ感謝の言葉すら述べていないのに。気にすることなく構ってくるこいつは、ただの馬鹿なのか、またはお人好しすぎるだけなのか。ただ今は、足首に当てている氷がひどく冷たくて心地よくて、暑さと痛みでイライラしていたのが嘘のように消えてしまったのだった。氷の温度とは対照的に太陽が激しく輝くこの南島は熱くて仕方がない。だから、立ち去ろうとしたそいつの腕をとっさに掴んでしまったのは、きっとその熱に浮かされていたからだ、そうに違いない。我ながら情けない話ではあるが、今オレの体はすごく熱くて、うまく言葉が出ないのである。

「どうかしたの、やっぱり痛むとか?」
「あ、いや…その」

自分は割に冷静な方だと思っていたが、それは単なる思い違いだったらしい。無意識の行動ひとつでここまで劣勢の状況を作り出せるものなのか、つい数秒前の自分を蹴り飛ばしたい。言葉を探し倦ねているとそいつは目を数回瞬かせて、ちょこんとオレの隣に座った。たったそれだけのことなのにひどく安心する自分がいたり、拳1個分ほど空いている距離がもどかしく感じてしまうのは、まだまだオレが子供である証拠なのだろうか、この鬱陶しいほど騒がしくて特別な感情の正体を、オレはまだ知らない。いや、もしくはまだ認めたくない、それは幼稚なプライドかもしれないし、単なる困惑なのかもしれないが。今はまだこいつはオレにとって何らアブノーマルでない存在でいて欲しい。そうでなければ、これまで彼女を幾度か邪険に扱ってしまった自分自身に嫌気がさしてしまいそうで悔しい。

「暑いね」
「そうだな」

ふと横目に映ったそいつの表情がすごく綺麗に思えた。海を見つめる瞳が波にあわせて小さく揺れる。照りつける日差しは、ついに蜃気楼まで作り上げてしまったらしい、今までにこいつがいるだけで、ここまで胸が高鳴ったことが1度としてあっただろうか。ないと言えば嘘になるかもしれないが、オレはそれを否定するのに精一杯だった、今ここで否定しておかなければ、これから先が保たないような気がしたし、なんとなく照れくさかった。風に靡く髪に触れたくなって少しだけ上がりかけていた腕を力一杯制したオレは勢いよく立ち上がる。彼女は驚いたように目を向けた。

「行くぞ」
「え?」

彼女の少し火照った手をひっつかんで、足の痛さを忘れたオレは前方に広がる海へと駆け出した。ああ、今日も熱い。

マリンブルーに駆ける / 20100310


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