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ひどく、きれいだ

「それが、例の彼女?」
「ああ」
「かわいいね」
「だろ?」

そこは全てが白かった。白くて綺麗で、どこか儚くて柔らかい光に包まれていた。そこに横たわる彼女は生きているのか、死んでいるのか。雪のように白い肌で安らかに眠る彼女はひどく美しい。佐久間くんは本当に愛おしそうに彼女の髪に触れて、試合中はおろか、鬼道くんの前であっても見せたことのないくらい優しい表情をしていた。

「笑顔は、もっともっと可愛いんだぜ」
「へえ、見てみたいな」
「それは許さない」
「どうして?」
「俺だけのものだから」

悪戯っぽくはにかむ彼は、幸せそうだ。ゆっくりと彼女の髪や頬を撫でながら静かに昔話を語ってくれた。佐久間くんと彼女は帝国でも有名な公認のカップルで、彼女はマネージャーをしていたらしい。いつだって誰よりも応援してくれるのは彼女で、いつだって彼を支えていたのも、彼女だった。お互いが大切な存在だった、そう、誰よりも、何よりも大切だった。

「俺のこと次郎って呼んでてさ、料理とかも上手いんだぜ」
「ふーん、羨ましいな」

ぽつりぽつりと、まるで独り言のように堕ちてゆく彼の言葉は本当に幸福に満ちていた。どれくらいの時が過ぎたのか、僕は佐久間くんの言葉をただ聞いていた、聞いていて心地よかった、幸せが分けてもらえそうな気さえする。不意に、佐久間くんの言葉が止まる。僕は微笑んだまま、彼から顔を背けた。弱々しく肩が震えて、それでも声だけは幸せそうで。表情は見えないのだけれど。

「でも、さ…もう…もう此奴のこと、あまり思い出せないんだ」

彼女は眠り続けている。その瞳が開くことは、もうないんだってさ。生きているけど、もう佐久間くんの言葉は彼女には届かないんだって。こんなに近くにいて、彼女の鼓動は確かに僕らの耳に届いているのに、彼女の心は行方知れずなんだ。ぽたりと雫が真っ白なシーツを濡らす、佐久間くんは彼女の手を強く強く握り包んでいた。

「変だよなあ…1番近くにいた奴なのに、もう、よくわからないんだ」

思い出だけは確かにあって、彼女だけがそこに取り残されていて、だけど迎えに戻ることは出来なくて。過去はいつか忘れ去られる、いつか消えてしまう。それじゃあ、佐久間くんも彼女のことをいつか忘れてしまうのかな。現に今だってもう記憶は着実に書き換えられて、彼にはもう彼女がいなくとも独りで立ち上がれる力があるんだ。それでも尚、彼が彼女の手を離さないのは、きっと、それほどに彼と彼女は愛し合っていたからだ。

「佐久間くんは、この子のことが本当に好きだったんだね」

優しい眼差しから零れる涙は、すごくきれいだ。星みたいだ。彼女の頬を伝うその水のおかげで、まるで彼女が泣いているように見える。そんな奇跡は、もうあり得ないのだろうけれど。僕が譫言のように呟いた台詞は、彼に届いたのだろうか。ここに来て初めて、佐久間くんは悲しそうな表情を見せて、また笑った。

「…いいや、違うよ」
「え?」

これ以上あたたかくて、美しい涙を僕は知らない。怖いくらいきれいで苦しいほど優しくて、千切れるくらいに哀しい、そんな恋の形も、そんな愛の終焉もあるのだと。僕は、初めて知ったんだ。

「今でも、愛してるさ」

もう、届かないけどな。そう小さく呟いた。そして彼はいつまでも、笑顔を崩さずに泣いていた。

白の世界 / 20100301

たまにこうゆう意味のわからん話を書きたくなります。僕はたぶん吹雪。


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テーマ「人外ファンタジー」
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