徒花 | ナノ





「良いか、決してしくじることのないようにするんだぞ」
「…はい」
まるで深い闇の中へ堕とされるようだ。所詮地位を欲するがためという醜い陰謀に巻き込まれ、自分は今、男を捨てねばならなくなった。俺は男として生まれ生きてきた、これからもそうであるはずだった。しかし儚くも打ち崩されてしまった当たり前のような未来はもう欠片も見当たらない。俺は今日から狐女として四大家の1つである雷門に嫁ぎ、雷門を内から崩すという策略の片棒を担ぐのだ。別に雷門家の人間に恨みがあるわけではない、しかし、やらなければ俺自身がが自分の一族から追放されてしまう。呪うなら、自分のその浮き世離れした外見を恨むのだ、そう言って俺を突き放した頭首の顔を、俺は一生忘れないだろう。悲しいと言えばそうである。俺は小さいときから走ることが好きだった、走ることで自分の存在を証明してきた。でも、女として生きていくからにはそれももう出来ないだろう。仕方がないのだ、俺の運命も、未来も、何もかもどうしようもない。せめてもの救いと言えば嫁ぎ先である雷門家が友好的で礼儀に富んだ家であるということか、とは言っても、これから騙し欺く家やそこの人間がどんな格式や人柄をしていようとも俺には関係のないことではある。

「ようこそ、雷門へ」
「…初めまして」
雷門家の頭首は、俺とそう年の変わらない若く美しい女で名は夏未と言うらしい。雷門は初代こそ力ある家であったものの、その力は次第に衰え、今となっては我が剣崎家よりも弱い。しかし未だ四大家の地位を保っている所以はというと、先代の頭首が人望に優れた寛大な人物であったことから、様々な一族と関係を結んでおり、他の家から守られているからだとか。その頭首も数年前に亡くなったと聞く。だから俺がこうして送り込まれたわけだが、それでもこの家を崩すのは長い時間を有するほどその縁は深い。
「…話には聞いていたけれど貴女、本当に綺麗な方ね」
「ありがとう、ございます」
男である自分にとっては、そんな褒め言葉は呪詛でしかない。しかし、ここで怪しまれてはならない、笑わなければ。その場を何とか取り繕うと、不意に視線をずらした雷門夏未が閉じた襖に向かって声をかけた。
「秋もそんなところにいないでこっちにいらっしゃいな」
「あはは、ばれてたのね…ええっと、木野秋です。初めまして」
ゆっくりと開いた襖から現れたのは、雷門夏未に比べるとどちらかと言えば可愛らしいと形容されるような可憐な少女で、雷門家の次女であるそうだ。とは言ったものの、雷門夏未と血がつながった姉妹というわけではなく、養子。また雷門家は彼女の他に後2人養子がいる。俺の夫となるその人もその1人だ。話に聞くところ、先代頭首の最初の奥方は既に亡くなり、次に迎えた2人目の奥方も訳あって行方知れずとなったらしい。それを憂い嘆いた頭首が当時の雷門夏未が寂しがらぬようにと彼女と年の近い子供たちを養子に迎え入れたのだ。

「円堂くんは?」
「さあ…さっき声をかけたから、もう来てもいい頃なんだけど…」
談笑していたのを一時中断し、立ち上った木野秋は先ほど自らが入ってきた襖を開く。するとそのすぐ脇に誰かいたらしい、くすりと小さく笑ってその人を呼んだ。
「恥ずかしがってないでこっちに来て。ちゃんとご挨拶しなきゃ」
現れたのは、まだ少し幼さの残る顔つきをした茶髪の男、癖のある髪に巻かれた橙色の布が目を引く、どうやら此奴が俺の夫となる人らしい。一族間での縁談であったため、俺とその人はもちろん初対面だ、名前すら知らないし顔を合わせるのはこれが初めて。すると必然的に視線が合うわけで、なんとなく気まずさを拭いきれず曖昧に微笑むと、その人は、かあっと頬を朱色に染めた。
「円堂くん、ご挨拶!」
「え、あ…え、円堂!円堂守!その…初めまして、」
小さく木野秋が耳打ちしたのに背中を押され、大きな声で口から飛び出す挨拶。どうやら彼は元気の良い人物のようだ、一生懸命な姿が何だか可笑しくて思わず緩んだ口元は隠さずに、挨拶を返すと彼、円堂守はまるで太陽のように大きく笑った。
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