アイラブスタンド! | ナノ

「もォ〜またココ汚れてるよ、私が綺麗にしてあげるね?」


 頬を上気させた彼女が、綺麗な刺繍が施されたハンカチを手にしながら笑う姿は、聖母のように温かくて優しくて、それでいて美しい…ってのは言い過ぎかもしれないけれど、僕は彼女にそれほどの愛情を感じている。しかし、彼女がよだれを拭き、他にもあれやこれやと甲斐甲斐しく世話を焼き、そばに寄り添うのは、僕のスタンド『パープル・ヘイズ』であって、僕では無い。


「グフフ」
「ふふ、綺麗になって嬉しいね」


 どう猛な僕のスタンド、パープル・ヘイズも、なまえの前では形無しだ。そうはいっても、出会ったばかりの頃の、この二人は、こんなに仲睦まじい関係では決してなかった。

 僕らは、お互いにスタンド使いであることを黙って付き合いを続けていたのだが、ある日のデートの帰り道、酔っ払いの運転した車にド派手に、それこそ普通の人間ならば即死だと断言出来るほどに勢いよくブッ飛ばされた彼女が、ケロリとした顔で「びっくりした〜」と立ち上がったのを見てしまったのをきっかけに、お互いスタンド使いであることをカミングアウトをした。ざっくり話すとこんなキチガイじみた話になってしまうが、その時は本当に焦った。血だらけのなまえがゆらりと立ち上がったのだから、なまえが自分と同じ、スタンド使いだなんて夢にも思わなかった僕の驚きようは察して欲しい。

 ちなみになまえが言うには、事故時、あまりに驚いたため、僕に重症を装うことを忘れてしまったらしい。その理由もまた、可愛らしく思えてしまうのは、恋は盲目って奴なんだろう。

 そして、なまえに催促されるがままに、お互いのスタンドを見せ合ってしまったのが、僕の運の尽きだった。
 突然呼び出されたパープル・ヘイズは、なまえをかなり警戒し、僕のコントロールを振り切って、むやみやたらとなまえに対して拳を振りかざしていたが、なまえは、パープル・ヘイズの姿形に一目惚れしたようで、僕の制止も聞かずに、パープル・ヘイズに近寄って行ってしまったのだ。もちろん見せ合う前に、こいつの能力がどんなもので、僕のコントロールにも限界があることを十分に説明した。

 パープル・ヘイズの持つ殺人ウイルスを知っていてなお、なまえはパープル・ヘイズに近寄ったのだ。

 パープル・ヘイズは僕のスタンドではあるけれど、能力のせいで、孤独を感じていたのかもしれない。まあ、僕はパープル・ヘイズの心中を見透かせるわけではないから憶測でしかないけれど。とにもかくにも、パープル・ヘイズは、笑顔で近寄ってくるなまえをみて、振り回していた拳をゆっくりと下げ、唸り声のボリュームを下げた。ぎこちなくではあるが、パープル・ヘイズがなまえを受け入れ始めた瞬間だった。それから、なまえの毎日のアプローチによって、ここまでパープル・ヘイズが心を許す関係になったのだ。


***


「フーゴ、どうしたの?難しい顔して」
「……いや、なんでもないよ」
「ほんとに?」


 フーゴは一人で何でも悩んじゃいそうだから心配だなあ、と眉根を少し寄せたなまえが僕に近付いて、手をそっと重ねてきた。その手の小ささと、指の細さと、僕より少し高い体温が、僕になまえを感じさせてくれる。でも、自分のスタンドに嫉妬してます、なんて馬鹿げたこと、なまえに言えるわけがない、と心の中でため息をついた。座っても?と、僕の座るソファーを指差したなまえに、もちろん、と頷くとなまえは嬉しそうに隣に座った。久しぶりに、なまえの匂いを近くで感じられた気がする。僕もなまえもなかなか多忙で時間が合わないからだ。そっと彼女の頭を撫でると、なまえはゆっくりと目を閉じた。僕は彼女のふっくらとした唇に自身の唇を近づけていく。


「ぐあるるるるるる」
「うわっ、ど、どうしたの?」
「ガフゥ〜…」
「……おい、パープル・ヘイズ?」


 急に唸りだしたパープル・ヘイズが、僕らの間に入り込もうとしている。入り込むってのは、少しばかり、カワイイ表現だったかもしれない。これは僕を排除しようとしている動きだ。パープル・ヘイズの嫉妬と思われる行動に、僕となまえは、思わず顔を見合わせた。


「ふふ、そうだよね、仲間はずれは寂しいよね。」


 ヨシヨシ、とパープル・ヘイズの頭を撫でるなまえを横目で見て、僕は今度は、本当にため息をついた。さっきまでの僕となまえの甘い空気にはもう戻れそうもない。きっと彼女は再びパープル・ヘイズにかかりっきりになるのだろう。僕は、黙ってソファーから立ち上がろうとした。しかし、なまえが僕の服の裾を掴んでそれを制する。


「パープル・ヘイズ、私の隣においで。」


 なまえが示したのは、僕と反対側の位置。大人しく指示に従ったパープル・ヘイズと、元から座っていた僕とに挟まれたなまえは、とても幸せそうに笑った。


「二人のこと、だーいすき!」


 僕とパープル・ヘイズの嫉妬心は所詮、彼女の無垢な笑顔の前には、意味をなさなくなるのだ。僕の視界の端で、パープル・ヘイズが、肩をすくめた、ような気がした。


 


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