アイラブスタンド! | ナノ

 私は鳥類が苦手だ。理由は、明確に分かっている。簡単に言うと、幼少期の恐怖体験を思い出して、精神的緊張や生体内の非特異的な防衛反応、つまりトラウマというやつが起きてしまうのである。


 少し話は変わるが、私の高校への通学路の途中に、大きな石畳の階段がある。結構大きく立派な階段で段数もかなりあり、下から見上げれば一見、神社のようでもある。

 そしてそこは、何故かよく鳥が集まって下に落ちているエサか何かをついばんでいる場所でもある。だから、私はその階段がものすごく苦手で、ものすごく慎重に降りるようにしている。急にバサバサと目の前を通り過ぎられたら、たまったもんじゃない。


「う〜…絶対飛んでこないでよね……」


 今日もその階段を降りている最中で、私はそんなことをブツブツとつぶやきながら、カバンをしっかりと抱きしめて歩く。階段もほぼ半ばに差し掛かって、今日も無事学校に着けそう…とほっとしたところで、後ろから、女の子たちの甲高い声が聞こえてきた。


「キャーキャー!ジョジョだわ!」
「私と一緒に行きましょう、ジョジョ!」


 歓声の中身から察するに、同じ高校のモテる不良、空条承太郎、通称ジョジョが女の子たちの目に止まったんだろう。ジョジョは確かにかっこよくて、あの広い背中とか、多くを語らないところとか、とっても素敵だと思う。けれど、彼は彼に群がる女の子たちが騒がしくするのをよくは思っていないようでいつも、鋭くドスの効いた声でこう叫ぶのだ。


「うっとおしい!!」


 その彼の声が思いの外おおきく響いて、そして、その声に驚いたのか、茂みに潜んでいたあの悪魔が、私に向かって一直線で飛んできたのだ。

(え、うそ、やだ!)

 私は突然のことにパニックに陥り、あろうことか、体を前方に倒しながらよけようと動いてしまった。

 階段を降りている途中だったのだから、もちろん下は硬い石の階段が待っている。


「大丈夫ですか?」


 低くて、落ち着いた声音に、とっさに閉じていたまぶたを開くと、私は、何か赤いものに抱えられるようにして浮いていた。先ほどそのまま体制を崩して倒れてしまっていたら…という恐怖が一気に襲って来て、サァッと血の気の引く、あの独特な感覚が全身を駆け巡り、ドクドクと心臓が脈をうつ。

 そして、今の状況を確認しようと、横を向くと、そこには、再び赤く燃える悪魔がいたのだ。私の中の何かが限界を超えて、ここぞとばかりに意識を手放した。




「ん……」


再び目覚めた時には、私は見知らぬ部屋に寝かされていた。家のベッドでも、保健室のベッドでもなく、敷布団に。ここはどこだろう、と不思議に思いながら、まだぼんやりとしている頭を振って、私は立ち上がった。

 なんにせよ、階段から落ちそうになって、そのショックからか変な赤い大きな鳥に抱きかかえられる幻想なんかも見えてしまった私を布団に寝かせてくれた人には感謝をしなければならない。

 布団を畳んで、障子をそろそろと開けて外へ出てみると、大きくて綺麗に整えられた庭園が目に入る。鹿威しが、時折カポンと、綺麗な音を響かせている。

キョロキョロと辺りを見渡していると、いつの間にかそばまで来ていたらしい男性に声をかけられた。


「あぁ、目が覚めたんですね。」

「わっ!?」

「怪我はないようでしたが…いきなり意識を失われたので、驚きました。貴方のような若い女性を許可なく屋敷に連れて来て、勝手に布団に寝てもらってしまって申し訳ありません。」

「あ、あの、いえいえ!私こそ、助けていただいたのに、お礼も言えず申し訳ありませんでした!本当にありがとうございました…目が覚めるまで布団も使わせていただいて…。」


 その男性は、明らかに日本人ではなく、変わった髪型をしており、民族衣装のような服を身にまとっていた。その姿に驚いたものの、丁寧な話し方と落ち着いた人柄に、私はすっかりその男性に安心しきってしまった。


「私ってば、飛んできた鳥にびっくりしすぎて、助けてくださった方のこと鳥と見間違えて気絶するなんて、ほんとバカですよね!」


 恥ずかしさを笑いで誤魔化しながら、伝えると、その男性は目を見開いて固まってしまった。こんな若い娘が…いや、まさか…という言葉が聞こえる。どうしたんだろう、ときょとんと彼を見つめていると、何かを決意したのか、私の方を見つめ直した。


「君には……私のスタンド、マジシャンズレッドが見えているのか?」


 そして、その言葉と共に熱気のこもった風が私と彼の周りに吹き荒れ、赤く燃え盛る炎が突然目の前に現れた。その炎が集まるようにして、一つのヴィジョンが私の目の前に立ち塞がった。


「あ………え、……」


それは紛れもなく、炎に包まれた鳥人。包まれた、と言うよりは、炎の鳥人といったほうが近い表現かもしれない。

 あまりの迫力と苦手な鳥のコラボに、私は腰を抜かして膝から崩れ落ちそうになってしまった。しかし、よろめいた私を見逃さず、その炎の鳥人は、ムチのような炎を伸ばして、私の腰と膝を支えた。


「!ど、どうして泣いているんです?調節しているから、熱くはないはずだが…」


私に慌てた様子で話しかけて来た男性の声で、初めて自分が自然と涙を流していたことに気づく。それに、炎のムチが熱くないことにも。


「あ、……わ、わた、し鳥が……どうしても苦手で…」


 ガチガチと固まった舌を必死に動かして伝えると、鳥人さんが弾かれるようにして男性の後ろに下がっていった。それと同時にスルスルと解かれた炎のムチ。

 その瞬間、あれだけ怖かった鳥のフォルムをした生き物なのに、何故か私の胸が少しだけ苦しくなった。まだしっかりと立てない私の体を炎のムチの代わりに支えてくれたのは、男性の腕。

「あ、あの鳥人さんは…」

「マジシャンズレッドという。我々はあのようなものをスタンドと呼んでいる。詳しくは、また今度話そう。」


君も関係ないわけではないようだからな、とその人は付け足した。


「マジシャンズレッド……」


 私がその名を小さくつぶやくと、その炎の鳥人さんは、恭しく膝をつくようにして頭を下げた。その姿から、なぜかはっきりと、驚かせて申し訳なかった、許して欲しい、という鳥人さんの思いが伝わってきた。


「たす、けてくれて…ありがとうマジシャンズレッド。」

「………」


 私の言葉を聞いて、下げていた頭を上げ、私の目を数秒見つめたあと、マジシャンズレッドは、現れたときのように風を巻き起こして去っていった。





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いつか続きを書きたいです……。


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