短いおはなし 2014 | ナノ

 さっみー…隣を歩く黒尾先輩が、マフラーに顔をうずめながらつぶやく。身長が180センチをゆうに超えている黒尾先輩が寒さに身をちぢこまらせている姿は、なんかすっごく可愛い。

 いつもはカッコいい先輩の可愛さに不意に気づいてしまって、思わず口元が緩む。すると、さすが音駒のバレー部を引っ張ってきた主将、目ざとく私の表情の変化に気付いたようで、先輩は眉をひそめた。


「なーに笑ってんのお前」

「ちょ、そんな怪訝な顔で見ないでください〜」


 私がそう言って頬を膨らませると、黒尾先輩は寄せていた眉をフッと緩ませて、ンなことしても可愛くねーよ、と言いながら破顔した。私は黒尾先輩のこの表情がすごく好きだ。普段は大人っぽいというか、孤爪くんとはまた違った意味で飄々としていて掴み所のない先輩が見せる、子供っぽい笑顔。

 可愛くねーよなんて、彼氏に言われたら普通は怒るところなんだろうけど、先輩のこの表情と共に言われてしまえば、私の胸はきゅんと締め付けられてしまうのだ。

 「…もう、先輩ひどいです!」でも、そんな風に先輩の行動や表情に振り回されてる私に気付かれたくなくて、怒ってるふりをした。黒尾先輩は、そんな私を見ても焦ることなく変わらずに歩みを進めていく。

 あんな風に冗談で言われたことに対して別に怒ってもないし、気にしてもいない私は、慌てて黒尾先輩の隣に並ぶ。


「怒ってんじゃねーの?」

「…怒ってませんよ〜」

「可愛くねーって言ったのに?」

「………そんなこと言っても先輩は私のこと好きだから気にしてません」

「………ブハッ」


 すげー自信だなと吹き出した先輩につられて私も同じように吹き出す。冗談とはいえ、先輩は私のこと好きでしょ?という台詞と同意義なことを言ってしまったことに後から羞恥の気持ちがふつふつと湧き出てくる。


「冗談です冗談!」


 赤くなった顔をこの人に見られたら、この先1週間はこれをネタにからかわれるに決まっている。私は、早口で誤魔化して早足で前に進んだ。いつもなら、その長い足で私に簡単に追いついて、ニヤニヤしながら私の顔を覗き込む先輩が、今日はなかなかやってこない。不思議に思って振り返ると、いつの間にかすぐ真後ろに来ていた黒尾先輩が、私の左肩に右手を置き、私の左の頬にゴツゴツした男らしい、今は寒さで少し冷えた右手を添えた。

 私と黒尾先輩は、30センチ以上身長差があるから、こんな近くにいたら、いつもは私がうんと顔をそらして見上げないと先輩の表情を確認できない。でも今は、かがんでくれてるから先輩の顔が、私のほんのちょっと上にあるだけだ。


「確かにな」


 私が反射的に目を閉じるか閉じないかの間に、先輩のあたたかい唇が私のそれに触れた。ゆっくりと離れて、私の顔の目の前で、


「可愛くないなまえが好きなんだよな俺は」


 と言う唇が弧を描いた。今回ばっかりはお前の言う通りだよ。と、付け足した後、先輩は悪戯っ子のように笑った。いつの間にか肩からも頬からも先輩の体温は消えていて、残るのは、燃えるような恥ずかしさだけ。


「っ、先輩のばか!変態!ここ道路だし!でもかっこいい!」

「なんだそれ」

「…好きです!」

「はいはい、」




タイトル バイ 無垢



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