幸せの足音 | ナノ


あーー!クソクソッ!そう怒鳴りながら車に乗り込む。車の近くを歩いていた奴らは、驚きと興味の両方を含む視線をこちらに向けている。その視線がさらに、俺を死ぬほどイラつかせた。怒りがまったく収まりそうにない。これほどまでに腹が立つ理由は、今俺が出てきたマンションに住む、俺の元恋人が原因だ。長期の任務も無事に終わって、迎えに行けば、ベッドに見知らぬ男と恋人が互いの四肢を絡ませて寝ているではないか。もちろん、生まれたままの姿で。

正直言って、自分の好みの女ではなかった。ただ、何も考えてなさそうに見えたことと、胸が大きく腰がくびれていたから声をかけて抱いただけの女。実際に近づいてみれば、本当に何も考えていなくて、性の欲求だけをぶつける対象として今まで一緒に過ごしていた。しかし、自分以外の男が恋人を支配しているのを見るのは、気分が悪い以外の何物でもなかった。ベッドから起きて、俺の姿確認したお二人さんは無様に慌て始めたが、俺は何も言わずに、『次会うときに飲もうね』と勝手に約束されていた普段買わないような上物のワインをワインセラーから抜き取る。黙って部屋から出て行く俺に、後ろから、元恋人の俺を引き止める声が聞こえたが無視してきた。

今夜の泊まる場所を失った俺は、アジトに戻るため、車のエンジンをかける。俺がどこに向かっていたか知っているホルマジオに何故帰ってきたのかと理由を聞かれて答えれば、すぐにチーム内での酒の肴になるのだろう。それはもちろん、それこそ死ぬほど嫌だったが、このまま車内で一夜を過ごすと言うのは、それ以上にまっぴらごめんだった。


イラついていた気持ちも、偶然拾っていた電波で車内に流れていたラジオのパーソナリティの、選曲の良さと、特有のねちっこいしゃべりがなかったおかげで、だんだんと収まっていく。アジトに着くころには、むしろ、今日は、上物のワインを愉しめるということに、少々気持ちが昂ぶり始めたくらいだった。


軋んだドアを力任せに開けると、何かいつもと違う雰囲気を感じた。はっきりとは言えないが、何かが違う。確か、俺と入れ替わりのようにプロシュートとペッシの奴は任務に出たはずだし、アジトに残っているのは、俺がわかっている限りでは、リーダーと今日はアジトに残っているはずのホルマジオの2人のはずだ…と訝しみながら、リビングルームへ向かう。

「ほらほら、さっきその辺にあっただろうーがよォ」
「えーー?どこだったっけ?」
「ホルマジオ、教えるなよ」

テーブルには、リーダーとホルマジオと………見慣れないガキの姿があった。三人で囲むテーブルの中心には、トランプが裏向きの状態で、ランダムに敷き詰められている。異様な光景に、面食らって、俺は言葉を発せずにしばらく立ちつくしていた。

「おい、どうしたギアッチョ。女んとこで今日はお楽しみだったんじゃあねぇのか?」

やっと俺を発見したホルマジオが、顔をみて早々にそんな茶々をいれる。俺は、そんなことよりもよォォー!説明することがあるんじゃあねぇのか?!と、気付けば怒鳴っていた。女とのイラつく出来事を思い出す前に、目の前の疑問の方が、俺の感情を爆発させる誘発剤になったのだ。ガキは突然見知らぬ男が部屋に入ってきて、大きな声を上げていることにビビったのか、目を丸くさせ、俺を見上げるように見つめている。 ビビってピーピー泣いたりしたらつまみ出してやる…と思いながら、トムがジェリーの襟首を掴んで、ドアまで行き、放り出す映像が頭の中で流れていた。実際にやるとしても、イメージはこんな感じだ。

「お兄ちゃんが、ギアッチョさま?」
「ギ、ギアッチョ、…さまァ!?」

とたとた、と音が聞こえてきそうな歩き方で、俺に近づいてきたガキは、キラキラした目を俺に向けてそう言ったた。いきなり様付けで呼ばれるなんて思ってもみなかった俺は面食らう。

「ほんとだー!ギアッチョさまって本当に髪の毛がふわふわなんだぁ!他の天使さまもそうなの?」
「ハァ?」

何を言っているんだこのガキは。頭おかしいんじゃねぇーのか?と、思いながらも、話している内容を理解しようと思考回路を巡らしていると、ガキの背後から、ぐっと近づいてきた金髪の野郎がガキを軽々と抱き上げた。

「あはは、ね、オレの言った通りでしょ?」
「てめッ、メローネ!」

何してやがる!と俺が怒鳴ると、奴は、やれやれといった感じに肩をすくめた。その仕草もいつもどうりのスカした態度も腹が立って仕方ないが、それ以上に今のアジトの状況が掴めずに、もどかしい思いが強かった。腕の中のガキは、抱き上げられたことになんの抵抗もせずに、ニコニコと笑っている。

「んー?オレが、ギアッチョってやつが、このチームにはいるんだけど、髪の毛がクルクルパーなんだよっ!って教えてあげたら、なまえが、『天使さんみたいに?』っていうからさ、そうだよって教えたの」
「……っざけんなよ……つーかなんだよこのガキは!?」

クルクルパーとか、天使とか、ワケの分からねぇことは、置いといて、それよりももっとワケの分からねぇ、ガキの存在の疑問をやっと口にする。テーブルについたまま、事の成り行きを見守っていたリーダーが、やっと腰を上げて、近寄ってきた。メローネの隣に立ったリーダーは、なまえとかいうらしいガキの頭を撫でて、俺に向き合い、今日あったことを簡潔に分かりやすく話してくれた。

事の一部始終を聞いて、俺はいきなり襲ってきた疲れから、ソファにどっかりと腰を下ろした。確かに、半ば上の命令っていうんじゃあ、仕方ないのかもしれないが、内容が内容なだけに、何か他に回避する方法がなかったのか、と考えてしまう。この暗殺チームに、女の子どもだと?ありえねぇだろ…。

「意味わかんねぇ……」
「オレはなまえは素直だから好きだけどねー」
「えへへー、わたしもメローネおにいちゃんすきー」
「ありがとー!」
「メローネお前な……」

俺のいない間に何があったのかは分からないが、メローネの適応力に脱力しつつ、俺は頭をかきむしる。不意に、ギアッチョ、と呼びかけられて顔を上げる。そこには、神妙な面持ちの、(いや、いつもそんな表情だが)リーダーがいた。

「相談も無しにすまなかった。これは俺がその場の独断で決めたこと。おまえのここでの生活と仕事が今までと変わることのないように、俺がすべて責任を持つ。」

リーダーに頭を下げられたのなんか、もちろん初めてで、俺は言葉を失う。続けて、ホルマジオと、メローネにも頭を下げたリーダー。2人は驚いたカオをしつつも、同じようなことを間髪入れずに答えた。

「あやまんなって。俺は気にしちゃいねぇーぜ、そりゃ、もちろん最初は驚いたけどよ」
「オレはむしろ、なまえのこと気に入っちゃったからさ、全然気にしないでリーダー」

「っ!……お、俺だってな、リーダー、あんたに何処までも着いていくってとっくの昔に決めてるんだよッ!クソッ!んなガキ1人で俺の覚悟が変わるかよッ!」

「そうか……ありがとう」




「リゾットーお話終わった?」

俺たちの間に気恥ずかしくてしょうがない空気が流れていたときに、テーブルから、ガキの声が響く。「ゲームの続きしようよ」と無邪気に笑う姿に、再び脱力したことは、言うまでもない。それは他のメンバーも、同じだったようだ。さっきまでの、すこし張り詰めていた空気が、だるんだるんに緩んでいる。

「つーか、リーダーのこと呼び捨てしてんじゃねーぞガキ!」
「ったく、しょうがねぇなあ〜、ガキはお前だろギアッチョ、小さい女の子にも紳士的に振る舞えないなんて、イタリアーノが聞いて呆れるぜ」
「ギアッチョさまも、次のゲームから参加しますか?」
「ギアッチョさまとか気色悪い呼び方すんな!」
「じゃあ、なんて?」
「ふふ、なまえ、クルクルパーって呼びなよー」
「バカかテメーは!」






「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -