幸せの足音 | ナノ


 いつものように、可愛い猫どもと遊びながらアジトにひとり、所謂、留守番って役割をこなしていた俺の耳に、ひどく耳障りの悪い音が届く。いつの間にか、アジトのドアはしっかり軋んでしまったらしい。ったく…どこの誰が力任せに開け閉めしたんだか。

 そんなことを思いながら、時計に目をやると、まだ昼の12時を回ったばかりだった。今日が非番の他のメンバーは、女のところに潜り込んだり、まあ、よくは知らないが楽しくやっているようだから、こんな明るい時間帯にここに戻ってくることは考えられない。仕事をしているメンバーのうち、消去法で、今日、新たな仕事と先月の給料ををもらいに出掛けて行ったリゾットであろうと予想をつける。


「リゾット、どーだった、交渉は上手くいったか?」


 振り返らずに、今日の戦績を尋ねるが、何も返ってこない。またまた俺たちに返ってくるのは、仕事の過酷さには見合わない金なんだろうか、とため息をつく。しかし、チームのために一汗も二汗もかいてきたのであろうリゾットにねぎらいの言葉を掛けてやろうと、椅子から立ち上がる。…が、振り返った俺の口から出たのは、「……いったい、なんの冗談だこりゃあ」というものだった。



 相変わらずの無表情で君臨するリゾットの隣には、奴の腰ほどまでの背丈で、薄い色素の髪の毛を低い位置で二つに結んだ少女が立っているのだ。繰り返す。暗殺稼業を営む俺たちチームのアジトに、少女が立っていたのだ。

 可愛らしいワンピースが似合う歳の少女が俺たち暗殺チームのリーダーの隣にいる状況なんて、俺が冗談だろ、と思うのもしょうがない話であるということを、理解して欲しい。その少女は、リゾットの大きな体を盾にするように俺の方を見ている。リゾットが、少しその背を押すようにして、俺を簡単に紹介した。


「俺のチームの一員だ。」
「こ、こんにちはっ」
「……こんにちは」


こんな業界にいるからなんだろうが、久しく耳にしていない幼い少女の声で挨拶されると、どうも背中がむず痒くて仕方ない。そいつは、俺の返事を聞くと、すばやい動きでリゾットの後ろに隠れてしまった。180越えの身長を持つ男と小さな生き物が一緒にいるのは、実にミスマッチで、画面越しに見る分には笑えるんだろうが、実際に目の前で知り合いがその状況になっているのは、なんというか、笑うに笑えないのだな、と頭の片隅で考える。

「預かることになった」
「……まさかとは思うが、そのガキをか?」

絶句する俺に対して、抗議する時間を与えずにリゾットがこの組織…と言わずともギャングには絶対のあの言葉を口にする。

「上からの通告だ」


「嘘だろ……食いぶち増やした組織からは何だって?まさか重要な方は増やさなかったってんじゃないよな?」
「それは少しは上がっていると考えてくれていい」

少し満足気な声のリゾットに、ほー、とだけ返しておく。増給はもちろん素直に嬉しいが、一緒についてきたお荷物が、どう考えても大きすぎるではないか。

「というか、ずいぶん懐かれてやしねぇか?」
「何でだろうな」

リゾットに引っ付いて離れようとしない様子を横目に、そう話していると、急にあっと、その子供が、声をあげた。目線の先には、俺のさっきまでの遊び相手であった猫たちが詰まっている瓶があった。

「リゾット、なぁにあれ?」
「…瓶詰めの猫だな」
「あんなちっちゃいねこさん初めてみた!」

ちかくで見ていい?と尋ねられると、リゾットが俺の方を見つめる。その眼は、『お前が連れていけ』と訴えていた。…しょうがねぇなあ。っていうか、ほんとに仲いいなお前ら。

「ほら、怖くないからこっち来な」

呼びかけると、少し戸惑った様子でリゾットを見上げたが、好奇心には勝てなかったのか、しばらくして俺の方に近寄って来た。

「…名前は?」
「なまえです、おにいさんは?」
「おに…俺は、ホルマジオだ」

互いに自己紹介を済ませたあと、リトルフィートの効果が進んで、瓶の口を簡単に通り抜けるようになった猫を瓶を逆さに降ることで取り出してやる。わぁ、と小さく歓声をあげたなまえはその猫をおっかなびっくり触ろうとする。その様子を眺めていると、他の猫どもも、なまえに近づいて来た。ある猫は腹を見せるしぐさまでし出す始末だ。俺には懐かないってのによぉ〜、と内心穏やかではなかったが、小さな猫に囲まれてきゃーきゃーと、笑顔で悲鳴をあげている姿を見ていると何故かさっきまで尖っていた心情が、丸みを帯びていくのを感じた。

少し、驚かしてやろうと企んだ俺は、手品を見せてやるよと言って、なまえを呼び寄せる。なまえは猫と遊んで緊張がほどけたのか、素直に俺の方に寄って、きらきらとした目で俺を見上げた。三秒目をつぶってろよ、と指示して、その隙にリトルフィートを解除する。元の大きさに戻った猫を見て、目をまるくさせる様子を見て、ばれないように小さく吹き出す。子供らしい素直な反応は、見ていて悪い気がしなかった。

「すっごーい!てじなできるんだあ!」
「まぁな、」
「あ、わたしもね、できるよ!みてみて!」

ニコニコ顏で両手を出したなまえの右の手には、一つの紙切れのようなゴミが入っている。見ててね、と前置きして、両手とも背中の方に隠す。自分では手品っぽいと思っているのか、独自の音楽を口から発すると、じゃーん!ともう一度両手を前に出して手を開いた。紙切れが左手に移っている。

「後ろ手で移動させただけ…ぶふっ」
「あ、あ〜!すごいじゃねーか、やるなあ!」

いつの間にか一緒になまえの手品を見物していたらしいリゾットが、28にもなるというのに、大人気なくネタばらしをしようとするもんだから、俺は慌てて奴の頭をひっぱたく。不満気なリゾットと満足気ななまえの両方に視線を向けられて、俺はこの先こんな調子でやっていけるんだろうかと、ため息をついた。







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