「あ…火神くん…彼女さんと帰るんだあ…」
「なぁーになまえ、火神くんのこと狙ってたの?」
ぽつりと呟いた私の一言をリコは聞き逃さなかった。にやりと笑って腰に手をやるリコに私は慌てて否定する。その様子を始終試すような表情をして見つめていたリコが急に吹き出した。
「わかってるわよ、あんたが鉄平一筋ってこ・と・は!」
「ちょっ、声大きいよっ」
バレンタイン、準備してきたんでしょう?と笑うリコにゆっくりと首を縦に振る。リコのいう通り、今朝みんなに渡したチョコとは別に、木吉くんのために用意したチョコが鞄に入っている。
「あ、ちょうどいいところにいるわね……鉄平っ、今日なまえのこと送っていってあげてくれない?」
「えっ!?」
「ん、?いいよ。」
「じゃあなまえ、帰る準備しなさい。仕事はもうほとんどないし」
でも、と口ごもる私に、リコはにっこり微笑んだ。あんまりゴネると明日の仕事は2.5倍になるからね?表情とは真逆の鬼畜な一言に私はすぐ、帰る準備をすることにした。体育館の出入り口で待ってくれていた木吉くんに駆け寄ると、いこっか、と笑ってくれた。
「みょうじと二人きりで帰るなんてなかなかないから新鮮だな」
「う、うん…そうだね」
「みょうじはいつもリコの隣に並ぶからこうして横にいることも出来なかったし」
「っ…!」
木吉くんの発言に深い意味はないんだろうけど、私は、その一つ一つに過敏に反応してしまう。
「あのね、木吉くん…これ」
「ん?」
「バレンタインの、チョコレート…」
「今朝ももらったぞ?」
「あの、それはバスケ部全員にいつもお世話になってますって意味のチョコだから…これは、その…木吉くんへのチョコレート」
恥ずかしさで消え入りそうな声で伝えるとそっかありがとう!と受け取ってくれた。でも多分木吉くんは分かってない。私の気持ち。それがなんだか悲しくて。思わず、口を開いていた。
「木吉くんのことが好きなの」
「…俺もみょうじのことが好きだよ」
木吉くんの笑顔に、胸が締め付けられた。多分、私の好きと木吉くんの好きは同じ言葉なのに全然違くて、でももうそれを指摘する勇気はなかった。悲しさでこぼれそうになる涙を隠そうと、目を逸らすと、視界に初々しいカップルの姿が。初めて手を繋いだのだろうか、なんだかぎこちない二人が可愛らしい。
「なあ、みょうじ。俺たちも手、繋ごう」
「えっ?」
「嫌…か?」
「いやじゃ、ない」
びっくりして答えると、本当に木吉くんの手が私のそれを包んだ。それだけでもびっくりしたのに、これから名前で呼んで欲しいし、名前で呼びたい。とまで言われてしまった。思わず、質問を投げかける。
「き、木吉くん…私のこと好きなの…?」
「さっき言っただろ?俺は、なまえが好きだよ」
見上げたときに見えた木吉くんの頬はほんのりピンクに染まっていた。