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「土方さん、お着物畳んだのでお部屋の前に置いておきますね。」


土方さんのお部屋の前でそう声をかけると、普段なら「あぁ」とか「おお」とか、時には「…ありがとな」と返してくれるのに、今日は音ひとつ聞こえない。いつもお部屋にいる時間帯にこうして回っているはずなのに…今日は変則的な時間に街の見廻りをしているのかなあ、と考えつつ、着物をこのままにしておくわけにもいかないので襖を静かに開けた。


「あら、」


そこには机に肘をついたまま眠りについている土方さんの姿があった。初めて見るその姿に私の胸はどきん、と音を立てる。そおっと近づいてみたけれど、規則的な呼吸音が聞こえてきて、起きる様子はないことが分かった。机の横に着物を置いて、土方さんの顔をみつめる。


(寝てる姿は誰でも赤子のようであるとはよく聞くけど……土方さんも当てはまるのね…。)


いつも目が合うたびに鋭い眼差しに射抜かれているような気分になる私からしたら、今の土方さんは子猫や子犬のようにも思えてしまった。とりあえず、風邪をひいてはいけないと思い、軽めの布団を肩にかけて、一人思案する。(撫でても…いいかな、)

一介の女中が新撰組という大組織の、しかも鬼の副長とも呼ばれる方の頭を撫でるなんて、正気の沙汰ではないのは分かっている。頭では分かってはいるけれど……ってやつである。繰り返しになるけれど、今の私には土方さんは子犬のように見えているのだから。

(ば、ばれなきゃ大丈夫!)変なところで勇気をふりしぼった私は、ゆっくりと土方さんの頭に手を伸ばし、触れた。撫でてみたら、黒くて綺麗な髪が手のひらを流れた。撫で終わったら急に恥ずかしくなって私は急いで土方さんの部屋を飛び出した。そのあと仕事を終えて自室に戻っても、ふとした時に手のひらの感覚を思い出してしまい、一人顔を熱くしたりしている私は…ちょっとおかしいかもしれない。


      ▼


でも、朝起きたときには、昨日の出来事はすっかり頭から消えていて、私の頭の中は今日こなさなければならない仕事の段取りでいっぱいであった。今日は朝の食事担当に当たっていたので、慌てて部屋から出て、炊事場に向かう。


「あっ…!」


炊事場に辿りつく前に鉢合わせたのは、隊服ではなく私服の着物に袖を通し、誰かを待っているかのように柱に身を預けた土方さんだった。土方さんの姿を確認したとたんに昨日の一連の出来事がフラッシュバックした私の思考回路は停止。


「やっと来たな…。…おはよう。」
「…お、おはようございます!」


やっと来た、というような土方さんが私にかけるはずのない言葉が聞こえてきて一瞬反応がおくれてしまったけど、あいさつを返す。朝食の準備をしなきゃ、とそそくさと土方さんの隣を抜けようとすると、手首を掴まれる。それはもちろん隣に立つ土方さんに。


「ひ、じかたさ…」
「俺はやられっぱなしってのは性に合わないんでな」


土方さんがにやりと口角を上げたのが目に映った瞬間に私は土方さんの腕に包まれ、大きな手のひらで優しく頭を撫でられていた。抱擁から解放されてもぼんやりと立ち尽くす私を見て、土方さんは喉の奥で笑う。私は悔しくなって、「私もやられっぱなしは性に合わないので、またやりかえさせていただきますね」と告げると土方さんは「面白れェ、返り討ちにしてやるよ」と不敵に微笑んで背中を向けて去っていった。その背中を見つめながら、私は大変なことになってしまったなあ、と他人事のように思っていた。




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