ミスタはいつも優しかった。わたしがお客さんに叱られて(それにはわたしの落ち度がある時とない時がある)落ち込んでいる時は明るく励ましてくれた。わたしに些細な嬉しいことがあったときには一緒に喜んでくれた。そんなミスタのことを当たり前のように好きになったわたし、なのだけれど、今の『行きつけの店の娘』という関係から抜け出す術がなくて、毎日彼のことを想うだけの日々が続いていた。 「うーっす」 「あっ、ミスタ!いらっしゃ…」 いつも頭でリピートされているミスタの声をわたしが聞き逃すわけはなく、わたしは磨いていたグラスから視線を上げた。いつもの帽子を被ったミスタの隣には見慣れない金髪の男性…というよりは男の子といった表現が似合うまだ若くてスラリとした人が立っていたため、わたしは『随分久しぶりね』という言葉を驚いて飲み込んでしまった。 「えっ、彼もギャングに?」 「あぁ、こいつただの優男に見えて、実はすげーんだぜ」 ミスタはカウンターに腰掛け、わたしにいつものものを二つ頼んだあと、静かにミスタの隣に並ぶジョルノさんをわたしに紹介してくれた。ジョルノさんのことを話すミスタは、ジョルノさんがミスタの目前でやってみせたことをまるで自分がやったことのように語っている。自分の仲間を自分のことのように誇らしく思えるミスタが、そんなミスタがすごく素敵だなってジョルノさんの話を聞かされているにも関わらず、考えてしまう。 「本当に彼はすごいのね、」 「ああ!」 「とても、素敵だわ」 「っ……あ、あぁ。だろ?」 「ありがとうございます。ミスタの話すことは、なにか微妙に違っているんですが、こんなにお綺麗な方に褒めていただけたのでまぁいいとしましょう。」 「まあ、ジョルノさんったら」 そんな他愛のない会話をして、食事を準備し終えたあとは、ミスタの口数が随分と減ってしまっていた。ミスタの違和感に内心首を傾げつつ、混み始めた店内でのお仕事にわたしは向かった。そしてお仕事がひと段落ついて、改めてミスタたちのところへ向かう。 「忙しく働いている可愛いなまえさんを見ているのはとても楽しかったのですが、やはりすぐそばに貴方がいるほうがいいですね、」 「そんな…言われ慣れていないから照れてしまうわ」 「言われ慣れてない…?そうなんですかミスタ。」 ジョルノさんが美しく微笑みながら口にしてくれた言葉に思わず頬が上気するのを感じた。わたしの店は父一人で切り盛りしていた頃からの常連さんが多いため、みんなわたしを自分の娘のように扱うのだ。一人の女性として扱われたことはほとんどない。わたしの反応に何故か目を丸くしたジョルノさんは、ミスタに話を振る。 「な、なんでオレに言うんだよ…」 「だって、ミスタがもう飽きるほど口説いているのかと思っていたので。」 「なッ!馬鹿かお前ッ!」 「ふふ、では僕はお先に失礼しますね。二人きりじゃないとミスタは貴方を口説けないようなので。」 ごちそうさまです、とても美味しかった、と言いながら席を立ったジョルノさんはペーパータオルを一枚とって白い一輪の薔薇に変えた。驚くわたしに差し出された薔薇を思わず受け取ってしまったときには、もうジョルノさんの背中が遠ざかってしまっていた。 「……手品?」 「まァそんなもんだな」 「すごいわ、とても綺麗。」 薔薇を差そうと、戸棚から花瓶を引っ張り出しているとミスタがこちらをじっと見ていることに、気がついた。なぁに、と聞いてみると、ミスタには珍しく歯切れの悪い言葉が帰ってくる。 「やっぱ、なまえもそんなんが好きなのかよ」 「え?」 「お前がジョルノのことを素敵だとか抜かしたとき、…可愛かった。そんな顔はジョルノみたいな奴に向ける表情なんだよな」 「なっ、ちょっ…それは、」 「っ……なぁーに言っちゃってんのかねオレは。んじゃ、オレも帰るわ。」 お代をテーブルに置いたミスタは立ち上がって出口に向かう。ミスタはいつも、帰るときには最後に『また来るぜ』って言ってくれてた。その言葉だけを信じてわたしは彼を想い、お店で待っているのだ。なのに、今日はその言葉がない。たった一言なのに、その言葉がないだけで、言いようのない不安に襲われる。もうミスタはわたしの前に現れてくれないかもしれない、もうミスタの笑顔を見ることも、優しい声を聞くことも出来ないかもしれない。そう思ったら体が自然と店を出たミスタを追っていた。 「ミスタッ!」 「な、なんで出てきて…」 「ミスタがもうここに来てくれない気がして…不安になったの」 なにか言おうと口を開きかけたミスタは、もう一度静かに口を閉じた。そして一歩わたしに歩み寄る。わたしがミスタを見上げたときには、もうミスタの両腕がわたしを抱きしめていた。 「えっ、ミ、ミスタ!?」 「もォ無理だ限界だぜ、お前が可愛くて仕方ねえんだよコッチは、」 「お前がジョルノみたいな男が好きだとしても関係ねえ、」 「お前が好きだ」 う、うそ…なんで…、そんな情けない言葉しか出てこない。ミスタが、わたしをすき?密着しているミスタの体は熱くて、わたしは頭がくらくらした。わたしも、わたしもミスタのことが…「すき」やっと絞り出せた言葉にミスタが、がばっと顔を上げる。「マ、マジかよッ!」 さっきミスタの言ってたそんな顔がどんな顔だかは分からないけど、きっとミスタのこと考えてるときしか出来ないよ。 title.誰そ彼 |