短いおはなし 2013 | ナノ

 テストの一週間前から、部活は活動停止を余儀なくされる。学校での部活が禁止されていたって、一週間も体を動かさないというのは、運動部員にとっては致命的だ。またいつものように走り込みしながら暗記か…と今まで幾度となく行ってきたテスト前の行動を思いだし、無心で走るのが好きなんだがな、と小さなため息が出た。そこでふと、なまえのことを思い出す。2ヶ月前に告白して、私も好きですと真っ赤になりながら伝えてくれた俺の可愛い彼女であるなまえ。付き合ってから、2.3回はデートしたが、部活が忙しすぎて、二人きりで一緒に帰ることはあっても、一緒に落ち着いて時間を過ごすというのはなかなかできていなかった。せっかくだし、一週間まるまる会えないのは俺が辛いし、誘ってみるか、と携帯に手を伸ばした。

 スポーツ強豪校と言われる海常でも、テスト期間はさすがに部活動が活動停止になる。でも本当にギリギリまで部活に明け暮れていたから、私はテスト範囲を確認して、絶望した。教科書の半分くらいの量がたった一週間で終わるわけがない。山を張る…私に残された選択肢はそのひとつしかなかった。どこが出るかな、と、とりあえず苦手な科学の教科書を無造作にめくってみていると、ブレザーのポケットに入っている携帯が震える。画面を見てみれば、相手は森山先輩で、私は急いでメールを開く。そこには『今日、一緒に勉強しない?』とシンプルなお誘いが記されてあった。大好きな先輩のお誘いを断るはずもなく、私はすぐに返信した。森山先輩と二人きりになれるなんて久しぶりだなあ、と最近の部活の異常な忙しさを思い出しつつ、先輩に想いを馳せる。再び返ってきたメールには「じゃあ、帰り迎えに行くから教室で待っててね」とあって、なんか王子さまみたい、だなんて少し恥ずかしいことを考えてしまった。

 教室で待っててと伝えたはずなのに、わざわざ寒い廊下に出て俺を待っていたなまえは、俺の姿を確認すると頬を染めて、駆け寄ってきた。そういう可愛いこと連発されると、俺はここが学校であることを忘れてしまいたくなることをなまえは分かっているのだろうか。いろいろな衝動をこらえて、俺は「なんで廊下で待ってたの?風邪ひいちゃうかもしれないだろ」と口にする。彼女が俺を廊下で待っていた理由なんて聞かなくてもわかる。でも、彼女の口から聞きたいという男の欲をわかってほしい。「だって、早く先輩に会いたかったから…」うつむいたまま紡がれた言葉は、予想していた通りの答えだったというのに自分の頭の中で再生するのと、目の前で見せられるのとでは天と地ほどの違いがある。そっか、ありがと、と返すので精一杯。しょっぱなから、こんな感じで大丈夫なんだろうかと今後の展開に不安になりながらなまえと歩き出す。

 「そんなに緊張しなくていいよ」そう言って森山先輩は笑うけど、そんなのは無理です
と胸を張って言える。なぜなら、今私がいる場所が森山先輩のおうちだからだ。てっきり図書館などで勉強するのだと思っていたから、「今日両親の帰り遅いから安心して、」と言われた時には心臓が止まりそうになった。勝手に図書館だと思い込んでいた私にも非はあるかもしれないけど、何も言ってくれなかった森山先輩もひどい。机を挟んで座った先輩は暑かったり、寒かったり、わかんない問題あったら言ってくれていいからと微笑んで、なにやら難しそうな分厚い教科書に向き合った。私も本来の目的を果たさなければと教科書とノートを開く。ものすごく緊張していたはずなのに、森山先輩と一緒の空間は居心地がよくて、いつの間にか勉強に集中していた。

 ふと顔を上げると、真剣な眼差しで問題を解いているなまえが目に入る。難しい問題なのか、眉間には少しシワが寄っている。なんとなく目が離せなくなってこっそりと見つめていると、何かひらめいたのか、口をあっと小さく開けてから何やらノートに書き込み、回答を開いた。そのひらめきは正解だったのか、嬉しそうに口元を緩ませるなまえを見て、俺は思わず、

 「あーかわいーな、」突然響いた声に驚いて顔を上げる。森山先輩が私を見つめていた。この部屋は二人きりなわけで、森山先輩から発せられた言葉は私に向けられたもので、でも私はただ先輩の整った顔を見つめ返すことしか出来なくて、

 自然にキスしたいと思った。なまえの後頭部に手をおき、軽く引き寄せると俺を見つめる綺麗な目がゆっくりと閉じた。甘い、甘い味がする。彼女の体温を感じる。

「なまえ、名前呼んで」
「由孝せんぱ、」
「先輩は余計だけどまあいいか」
「あ、あのっ」
「ね、一回じゃ俺我慢できないみたい」

 一回だけというより、キスだけで満足できる自信がない。俺の部屋に入るのを少しだけなまえが躊躇したときに言ってしまった「変なことは何もしないから」という言葉を、俺は全力で後悔し始めていた。



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