「げ、緑間。」 「………どうも。」 体育館の扉の前で鉢合わせたのは、二つ下の後輩である緑間であった。俺を見て軽く頭を下げた後輩の左手には、ランタンが握られている。しかも、どっから調達したんだと聞きたくなるほどの大きめサイズのランタン。一瞬、呆気に取られたが、気にしないことにした。緑間のおは朝信者行動はいちいち反応していたら365日つっこみ続けることになる。 「あいつと一緒じゃないなんて珍しいな」 「……高尾とペアで認識されたくはないです」 まさに苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべた緑間に、『あいつ』で誰だか伝わるくらい一緒に行動してんのは誰だよ、と内心思いつつ、めんどくさいから口には出さなかった。体育館に入り、更衣室兼部室へと続く扉のノブに手をかけたとき、中から経文を読み上げるような声が聞こえていることに気がつく。 「部室の片付けに、用具の消費量のチェックと足りないものは買い出しに行って、部費使用用途を書き出して来週までに先生に提出して…それから今月末の練習試合の準備をして、あ、でも練習試合前に昨日の練習試合の記録をまとめてしまわないと…。」 急に動きを止めた俺を不審に思ったのか、緑間が眼鏡のフレームを上げる。中から不気味すぎる声が聞こえていることに気付くとランタンを少し持ち上げて「俺には、これがあるので大丈夫です」と自信ありげにいってのけた。あぁ、さいですか。 とりあえず、部室に入らないことには始まらない、と思いきってドアノブを回して開けてみる。部室では、不協和音の原因であったみょうじがぶつぶつと何かを繰り返し呟いていた。部室の机に向かっている姿からはマイナスのオーラが漂っているように見える。流石の緑間もみょうじの様子に戸惑っているようである。 「………おいみょうじ」 「…ああ、宮地と緑間くん、今日も頑張ろうねウフフフフ」 恐る恐る声をかけてみると、完璧に病んでる声音と笑い声が返ってきた。『何がウフフフフだ轢くぞ』とかいう、いつもの台詞は頭の中から消えていく。お、おぉ…と返しつつ、みょうじの手元に目をやると、すごい勢いでノートに文字を書いている。書いている内容からするに、昨日の練習試合のことだろう。 脇目も振らずにノートに向かうみょうじに着替えるから出ていけとは言えず、みょうじの後ろで静かに着替える。190cm超えのデカイ男二人が小さくなって着替える様子は端から見たらかなり滑稽な状況だろう。緑間はさっさと着替えを終えて出ていった。ランタンをみょうじの近くにそっと置いていったのは、あいつなりの優しさ…なんだろう。 「みょうじ…」 「ん?ドリンクなら作ってあるし、タオルはステージの上。得点板も試合形式に移ったらもっていくし、大丈夫だから、」 「俺はンなこと心配してんじゃねぇよ、刺すぞ」 じゃあどうしたの?と、こちらをちらりとも見ずに言うみょうじの声にはいつもの元気がない。なんとなく顔色も悪い気がする。 「お前、頑張りすぎだ」 「っ…な、何言ってんの宮地…」 むしろ何も出来てないんだって、と言い返す声は小さく震えている。こんなときに気の利いた一言でもあっさり言えればいいんだろうが、生憎俺にそんな機能は装備されていない。でも本心は、すらすらと口から滑り落ちたのだった。 「お前が元気に笑ってないと、こっちも調子狂うんだよバカ。」 「み、やじ…」 「なんかやらなきゃいけないヤツは練習のあと俺も手伝ってやるから。」 「で、でもそれは…」 「俺たちはチームだろうが、ハア…まじで轢くぞ。」 「………うん、そっか、そうだよね」 ありがとう宮地。やっと顔を上げたみょうじはいつもの笑顔で、俺もつられて笑顔になる。よーし今日もみんなのアイドルなまえちゃんで頑張っちゃうぞ〜と冗談混じりに言って立ち上がった瞬間にみょうじの体がぐらりと揺れる。 「ばっ…あぶねぇな!」 「ごめっ…ちょっと寝不足でさ…あはは、」 受け止めたみょうじの体は小さく軽い。今日は休んだ方がいいんじゃないかと、言いかけた俺をみょうじがやんわり止める。「宮地、本当にありがとう。今日も頑張ろうね。」ふわりと笑ったみょうじは俺の腕からするりと抜け出し、ドアノブに手をかけた。 「何してんの?はやく行くよ」 「……っああ、」 「あ、もしかして私にみとれてた?」 「バーカ、今日こそ木村に軽トラ借りてくるぞ」 「わあ、こわーい」 …結構マジでみとれてたなんて、言えるかバーカ。 titleにやり |