短いおはなし 2013 | ナノ

※アイラブスタンド!のヘブンズ・ドアーのつづき


「ったく…あの女…僕の貴重な時間を無駄にさせやがって」

 
 僕は、怒りと不満の表情を隠すことなく道を歩く。その横には、ふわりふわりと浮かぶヘブンズ・ドアー。これほどまでにぼくが不機嫌なのには理由がある。
 それは、さきほどまでスタンド使いではないのにもかかわらず、ぼくのスタンド、ヘブンズ・ドアーが見える女と口論を繰り広げていたからだ。スタンド使いでないとなぜ断言できるかというと、以前、公園で人間観察兼スケッチを行っていたぼくにその女が『かわいい!貴方のお子さんですか?』といきなり話しかけてきて、思わずヘブンズ・ドアーを発動してしまったことがきっかけでその事実を知ったからだ。


 あとあと考えてみれば、『お子さん』というのは、スタンド使いにしか見えるはずのない存在、ヘブンズ・ドアーを指していたのだから、とりあえず能力を発動させておいて良かったのだとは思うが、そのときはつまらないことに能力を使ってしまった、と自己嫌悪に陥っていた。

 こんなつまらなそうな平和ボケした女の中身なんて、しょーもないブランドや、流行の物、挙げ句の果てにはTVに映るイケメンのスペックなんかが記憶として詰まっているんだろうと、まだ見ぬページをめくる前に、嘲笑を堪えきれずにいたことを覚えている。もちろん事故的に本にしてしまった人間だって、とりあえずは中身を読む。どんな経験でもミジンコほどくらいは作品のリアリティにつながると考えているからだ。

 本になった女の体をめくると、僕の目に飛び込んできたのは、「少年愛好家」という文字だった。1ページ目には、その情報しか記述されておらず、いかにこれが、この女にとって重要な情報なのだということが分かる。予想外すぎる記述に一瞬だけ戸惑いつつ、ぼくはさらにページをめくった。

 あらかた見終わったあとで、ぼくはようやく女(正確に言えば、その体のまま本になった女)から顔を上げた。何が分かったんだ、と言いたげな顔をしているヘブンズ・ドアーに、ありのままを伝える。


「こいつは…スタンド使いか?といった意味で言ったら、まったくの一般人だ。しかし、一般人か…といえば微妙だな。性癖的に一般女性とは言いづらいな。」


 とにかくこの女は、関わっても漫画のネタになりそうな人種ではない。なぜなら、少年愛好家という、多分特異であろう性癖以外は、特になんの変哲もない女だったからだ。むしろ、その変態的な思考をもう少し過激なものにしてくれれば、ぼくの創作意欲が上がるようなキャラクターとして、筆を取ったかもしれないが、それも足りないような微妙な女だった。

 そして僕はとりあえず、ヘブンズ・ドアーを解除してやることにした。あまり長いあいだ転がしておくと、人の出入りは少ないが公園ということもあって、誰かに誤解されかねない。ヘブンズ・ドアーが能力を解除すると、本になるときに腰でも打ったのか、女は顔をしかめながら上半身を起こした。


 これが、あの変態女みょうじと僕のファーストコンタクトだ。それから、ヘブンズ・ドアーの容姿を気に入ったのか、女は執拗に僕を…正確に言えばヘブンズ・ドアーを、だが、追いかけるようになった。スケッチに出るときは必ず出くわすのだから、僕はもううんざりしていたのだが、ヘブンズ・ドアーは違うようで、みょうじに対しての態度がどんどん柔らかくなっていく様子が僕にはありありと分かった。

 僕の「まったく、君は他にやることがないのか?例えば、ボーイフレンドのひとりやふたりとデートをするとかさ」というみょうじの性癖を分かっているからこそ言った皮肉に、当初は「えへへ、今は、ちょっとボーイフレンドとかは考えてなくて…」と思い出すだけでも胸糞悪くなりそうな愛想笑いを浮かべて、返していたみょうじも、今となっては、「ろくに人とマトモなコミュニケーションが取れない売れっ子漫画家露伴先生に言われたくないですよーだ。ねぇ、ヘブンズ・ドアー?」といったように皮肉を皮肉で返してくるほどになった。
 今日だって、みょうじと話していたヘブンズ・ドアーを呼び寄せるため、命令したら、勝手に怒り出して、ヘブンズ・ドアーを自分のスタンドにするとかいうワケのわからないことを言うのだ。さっきのみょうじの言動を思い起こしながら、ふと、もし彼女のもとにヘブンズ・ドアーがいけばどうなるのだろうかと考える。

 みょうじはヘブンズ・ドアーが目当てで外に出て僕を探しているのだから、会うことはもちろんなくなる。そうすると、春の陽気に誘われた生物を見つけて嬉しそうに指さす姿も、夏のうだるような暑さの中、しかたなく二人分買ったアイスを目の前でちらつかされて、悔しそうに頭を下げる彼女も、道端の大きな落ち葉を拾い、お面を作るんだ、なんてガキっぽいことを真剣な顔で取り組むところも、オーソンで買ってきたらしいアツアツの肉まんを「これ食べなきゃ杜王町の冬は越せないよ」なんてドヤ顔で僕に渡してくることも、もうなくなってしまうのだろう。それを思うと、ほんのすこし物足りない気もする。そんならしくもない結論に至りかけていると、バタバタとやかましい足音と、聞きなれた声が僕の耳に届く。


「ヘブンズ・ドアー!と、露伴先生。よかった、まだこの辺にいてくれて」
「なんだよ、そんなに息を切らして」


 僕のすぐ前まで走ってきたみょうじは、肩で息をしている。みょうじの発言に僕はヘブンズ・ドアーのおまけじゃない、といつもの返しをすることは忘れない。この一言を付け足しておかないと、なぜか負けたような気がするからだ。そんな僕に、紙袋を突き出したみょうじは、甘いもの苦手だったら返してもらってかまわないんですけど…と珍しく控えめな態度で僕を見上げた。僕が口を開く前に、これはおばあちゃんがおはぎを作っていたのを手伝っていたら、作りすぎてしまって家族だけでは食べきれない量になってしまったし、ヘブンズ・ドアーが喜んでくれたら良いなと思ったから持ってきただけで、別に深い意味とか、毒とかは入っていないということを一気にまくし立てたみょうじの顔は赤い。それは、走ってきたせいかもしれないし、息継ぎもろくにせずに話したからかもしれないし、もしくは…。今度はなぜかうつむいたまま僕の方を見ようとしないみょうじの手から紙袋を奪う。


「まぁ、もらっといてやるよ。しかし、本当に毒物が入っていないなんて保証はないぜ」


 僕の言葉に、そんなことはないというように眉根を寄せたみょうじが何か言いかけるのを制して、僕は続けた。


「だから、君が僕の前に食べるべきだ。それに僕は和菓子ならお茶を飲みながらでなければ食べたくないね」


 ここまで言ってもピンと来ない様子のみょうじに、ため息のあと「僕の家でこのおはぎを君がまず食べろと言ったんだ」と説明してやると、みょうじは数秒の間、僕とヘブンズ・ドアーの前でしっかりと固まってみせたのだった。
 

Title:僕の精



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