短いおはなし 2013 | ナノ

「もォッ!信じらんないッ!」


 イタリア女性にあるまじき、豪快な音と共にアジトに現れたのは、チームの紅一点、なまえだった。その荒々しい音を響かせて、そのままキッチンに行き、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して、ごくごくと…これまた豪快に、その中身を飲み干していく。


「ぷはぁッ!!」


 風呂上りのおっさんを彷彿させる声を上げたなまえは、続けて大きなため息をついた。怒ったり、悲しんだり、帰ってきてからというもの、ずっと騒がしい彼女の様子を、僕と同じように目で追っていたナランチャが、「ア、それオレのミネラルウォ…」と、どう考えても、今すべきではないだろうと考えられる発言をしようとしたため、僕は咄嗟に、テーブルの下で思い切りナランチャの足を踏んづける。


「……ッてぇ!」


 その痛みで椅子から飛び上がったナランチャは、フーゴテメェ…と、怒りに震え、お決まりのナイフを構えるポーズをとった。せっかく面倒ごとを予見して、事前に回避させてやろうと思ったのに、こっちはこっちで面倒なことになっちまった…と、さっきのなまえと同じようなため息が、僕の口から吐き出される。僕のため息を聞いたナランチャは、一層眉間にシワを寄せ、臨戦形勢を整えた。


「フーゴ、いきなり何しやがっ……!?」
「っナランチャ〜…」


 いつの間にかキッチンから飛んできたらしいなまえが、僕に、たった今飛びかかろうとしていたナランチャの首に腕を回す形で泣きついていた。さっきまで、憂いを帯びた大人の女性のような表情だったのに、今度は打って変わって、まるで、好きなお菓子が買い与えられなかった子どものように、両目から大粒の涙を流している。対した百面相の持ち主だ。

 先に補足しておくが、ナランチャはひとつ年下のなまえの前だと、急に張り切り出す。オレはなまえのお兄さんだからな!というのが、もっぱらの彼の口癖だ。


「オイオイ、なまえ、どうしたんだァ?」
「うっ……ひっく…」


 そして、なまえのことを、なんとかなだめようとし出したナランチャは、なまえの相手をしている間に、さっきまでの僕への怒りなど、何処かにいってしまったのか、今は、ヨシヨシとなまえの背中を懸命に撫でている。こいつが二つのことをいっぺんに出来ない馬鹿でよかったと、心の中でそっと思う。


「どうしたんだよ、今日はミスタのやつとデートだったんじゃないのか?」


 ナランチャの言葉に、涙でぐちゃぐちゃになった顔を上げたなまえは、何も言わずに…というか、震えて何も言えなかったのか、もう一度ナランチャの首に腕を回した。ナランチャは、困った様子で、もう一度何度か、手のひらを背中の上で往復させ、「言いたくないなら無理にとは言わないけどよー…」とつぶやく。その言葉に甘えたのか、そうでないのか、なまえは嗚咽を上げるばかりだ。

 ナランチャの言ったように、今日はなまえとミスタはデートに出かけたはずだった。説明が後からになってしまったが、なまえはミスタと付き合っている。どうしてそんなにワキ……ミスタに好意を抱けるのかは分からないが、なまえは、ミスタに対して、俗に言う、ベタ惚れってやつだった。

 あのチャラチャラしていて、生きていることがまさにギャンブルだ!とでも言いたげな生き方をする男を、彼女は、「かっこ良い」と言う。その場のノリと『なんとかなる』精神で毎日を生きている男を、「適応力がすごいのよ」と、笑って心から褒めることが出来るのは、この世界で彼女だけなんじゃないだろうか、と以前僕は思ったことを思い出した。

 そんななまえは、今日の久しぶりのデートに、念入りに準備をして臨んだのだ。思い返してみれば、アバッキオが食後は一杯で済ませるエスプレッソを、三杯も飲ませられるくらいには、デートの服選びに付き合わされていたし、一週間前からなまえがソワソワ落ち着かない様子なんだが、何か知らないか?とブチャラティにも言われた。

 こんなに楽しみにしていたデートで、何があったんだろうと、泣いているなまえには少々申し訳ないが、野次馬的興味が湧いてきた僕は、「泣いてるだけじゃ、わからないだろう、何があったのか教えてくれないか?」と声をかけた。「なまえが泣いてる理由が分からなくちゃ、何を言えば良いのか分からないぜ」と、ナランチャも続ける。それを言う前に、ちょっとだけ、ムッとした顔つきになったのを僕は見逃さなかった。大方、お兄さん役ってやつをとられるのは気に食わないんだろう。そんな、こちら側の考えを、まったく知らないだろうなまえは、2人に呼びかけられて、やっとぽつりぽつりとわけを話し始めた。嗚咽交じりで、つっかえつっかえの説明は、想像していたよりも理解しやすいもので……スラスラと話しはするが、時系列に物事を並べて話せないミスタの話のほうが、よっぽど理解に苦しむということを知った。



「つまり、ミスタはデートには遅刻してくるわ、来てそうそう服が好みじゃないと言うわ、歩いている途中で、美人な女性に『こないだはありがとう』なんてミスタが声をかけられるわ、話かけても、ずっと上の空で、ソワソワしていた…というわけですね」



 彼女の話を要約すると、このような内容になる。うーん、彼女の話しか聞いていないし、この様子を実際に見ていたわけではない僕らは、頭の中でそれらをぼんやりと映像化するしかないのだが、「…クソ野郎だな。ミスタの奴。あ〜〜ッ!オレがその場にいたら、ぜったいボコってやったのになァ!」とナランチャが激昂するくらいには、ミスタに非があるように感じた。

 きっとミスタに心酔しているなまえのことだから、ミスタが久しぶりのデートに遅刻してきて、せっかく選んだ服を好みじゃないと言っても、辛くても、悲しくても、明るく振舞って耐えていたんだろう。ミスタは以前から、なまえの優しさに甘えすぎなところがある。

 わけを話して、落ち着いてきたのか、なまえはお腹をさすりながら、恥ずかしそうに微笑んだ。


「お腹、空いてきちゃった。お店を飛び出してきたから、お昼食べ損ねちゃったの」
「それなら、三人で昼食に出ましょうか」
「そーだな!オレも腹減った!腹いっぱいになれば、なまえもまた元気になるだろうし」
「ふふ、そうだね、ありがとう二人とも」

「ちょ、ちょっと、待ったああアッ!!」



 やっと目にすることが出来たなまえの笑顔に、ホッとしたところで、事の元凶である人物の声が響き渡った。声のする方に目をやると、肩で荒く息をしているミスタがいた。額から首すじ、全身汗だくの状態だ。なまえを探すのを手伝わせたのだろうか、ミスタの周りに飛んでいるセックス・ピストルズもぐったりとしている。


「なまえ、なん、で……途中で帰っちまったんだ、よ…」


 息を整えながら、ミスタはなまえに歩み寄る。なまえが口を開く前に、ナランチャがその間に立ちふさがった。いつの間にか、エアロスミスまで周りを飛び回っている。おいおい、スタンドまで出して懲らしめるってんなら、アジトの外でやれよな…と、言おうと思ったが、やめておいた。これこそ、今すべきでない発言だろう。


「ミスタッ!なまえを泣かせておいて『どうして帰っちまった』はないだろ!」
「な、泣かせた?」
「そうだ!お前のクソッタレな態度がなまえを、傷付けたんだ。オレはお前を許さないからなッ!」
「オ、オレは…こいつを傷付けるつもりは微塵もなくてだなァ…えーっと、……なんて説明すりゃいいのか…」

「なまえ〜……」
「No.5……」
「イッパイなまえノコト サガシタンダヨォ…」
「そうだったの、ごめんね、疲れたよね」
「なまえ、ミスタヲ ユルシテヤッテクレ!」
「キョウハ、ツキアッテ チョードイチネン ダカラ 」
「ミスタハ リストランテヲ ヨヤクシタリ プレゼント ヲ ヨウイシタリ シテタンダヨォ!」
「…え?」

「っうわ!馬鹿!お前ら!バラすんじゃねぇよ!」

「ナレナイコト バッカスルカラ ミスタ キンチョウ シテタンダッ!」
「ミスタが緊張?」
「ソレニ なまえ ソンナニ セナカノアイタフ……」

「おまえらあっ!それ以上言うと、夕飯抜きだからな!」


 ミスタの怒声に、やっとピストルズたちのおしゃべりは終わる。後に残るのは、僕たち四人の気まずい空気のみ、である。確かに仕事の時、奴らから情報伝達が可能なのは優秀な能力だが、如何せん自立型スタンドというのは、本体にメリットばかりをもたらすものではないらしい。


「あーーー、はぁ、オレ的には今日はスマートに決めてやるつもりだったんだけどな……」
「ミスタ……」
「やっぱ慣れないことはするものじゃねぇな……ナランチャ、なまえにちゃんと説明して謝りたいんだ、どいてくれ」
「…………次泣かせたら本気で穴だらけにしてやる」
「おー、」


 ナランチャが道を譲ると、ミスタはなまえにゆっくりと近づく。そしてなんと、僕たちがいるにも関わらず、ひざまずいて、なまえの白い手をまるで壊れものでも扱うような手つきで取ってみせた。一瞬呆気にとられた僕だったが、ミスタも曲がりなりにもイタリアーノ。これくらいのことは出来るわけだ。ただ、普段のキャラからは想像できないというだけで。

 なまえはというと、突然のミスタの行動に顔を真っ赤にさせている。


「寝坊しちまったのは、本当に済まなかった。言い訳になっちまうが、今日のデートの段取りってヤツをだな、柄にもなく考えてたら寝れなくなっちまってよ……」

「お前の喜ぶ顔が見たかった。いつも、オレはお前になんもしてやれてないからな」


 瞳にうっすらと涙を浮かべたなまえは、首を横に振ってミスタをみつめる。そんななまえを見て、ミスタは小さく笑った。


「さっきあいつらがバラしちまったが、リストランテを予約したし、プレゼントも準備した」

「これを…受け取って、ほしい」


 どこに隠し持っていたのか、小さな箱を取り出したミスタは、中からリングを取り出した。なまえが、はっと息を飲む。ナランチャが、オレたちこの場にいていいのかなあ?なんて言いたげな視線を向けてきたけれど、僕も退席するタイミングってやつを逃していたから首をすくめてそれに答えた。


「ミスタ……」
「なまえ、お前だけを、お前一人を愛してる」


 なまえの細い指にはめられたリングは、すぐに彼女の一部になった。それくらい、似合っていたのだ。照れ臭さを誤魔化すように「実は、街でオレに声をかけた女はそのリングを売ってくれた店の店員なんだ」とミスタがカミングアウトしたあと、なまえは、ミスタに抱きついて、キスをした。


「ミスタ、わたし……ごめんなさいっ」
「なまえが謝ることなんてひとつもねえよ」


 許してくれるか?と聞くミスタに頷く彼女は、とても幸せそうだった。

 


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