短いおはなし 2013 | ナノ

「おっはよー!」
「おはよ…お前は朝から元気だな」
「うん!だってイルーゾォに会えたから!」


 朝っぱらから快調に飛んでくるハートマークを手で払いのけたあと、今日の食事当番であるギアッチョが作った朝食が並ぶ食卓へ向かう。今日は朝早くから仕事に向かうらしいホルマジオにすれ違いざま「おアツい仲だな」とからかわれた。任務失敗しちまえ!と縁起でもないことを怒鳴るオレの言葉を背中で受け止めながら奴は出て行く。隣でなまえが待ってるからね、頑張ってきてねー!とのん気に手を振っているのがまた、癪に触った。チッ、ホルマジオのやつ、ニヤニヤしやがって。なまえはいつだってこうなのだ。誰にでも尻尾を振る犬…と例えるのが1番しっくりくる。


「おアツい仲だって、ふふ」
「おアツくなんかない」
「またまた〜照れてるイルーゾォも可愛いけどっ!」


 こいつには何を言っても無駄だと、とうの昔に理解したはずなのに、どうも上手くいかない。大きなため息をつきつつ席につくと、既に食事を始めていたギアッチョが、オレのため息の意味を勘違いしてキレ始めた。このオレが作ったメシになんか文句でもあんのかよォーッ!といった具合にだ。最近の若者はキレやすくていけない。説明するのも面倒で、黙って口に料理を運んでいると、なまえがギアッチョに、「これ、すごく美味しいよ!どうやって作ったの?新しいメニューだね!」とニコニコしながら話しかけた。突然、満面の笑みを浮かべたなまえに話しかけられたギアッチョは、毒気を抜かれたのか、褒められたことが満更でもなかったのか、まぁな、と眉間のシワを減らした。チッ…、ギアッチョは、こいつの笑顔に弱すぎるんだよ。イラつくオレに気付かないのか、「ね、イルーゾォ、美味しいよね!」と聞くなまえに、はいはい、と適当に答えておく。

 そこに、帰ったッス〜という声と、2人分の足音が近づいてくる。姿を見せたのは、昨日まで、すこし遠出の任についていたプロシュートとペッシだった。何故かペッシの両手には、大きな紙袋が抱えられている。わあ、どうしたのそれ!と立ち上がったなまえは、ペッシの片方の袋を持ってやろうと手を差し出す。んな重そうな袋、お前が持てるわけないだろ、そう思って、オレが手を出そうとすると、それより先に、いまの今までペッシのことを手伝おうとしなかったプロシュートがなまえが取ろうとしていた方の紙袋を奪った。


「なまえが持ったら、全部ぶちまけるのが関の山だな」


 ニヤリと笑ったプロシュートは、なまえの額を小突いてキッチンへ姿を消した。「すげー安い特売やってたし、オレと兄貴明日から食事当番だから色々買ってきたんだ」となまえに説明したペッシも慌ててプロシュートの後を追って行く。チッ、なんだよプロシュートのやつ、格好つけやがって、心の中で悪態をつきつつ、なまえに目をやると、少しばかり頬を赤らめているではないか。何故だか、無償に腹が立って仕方がなかった。


「ごちそーさま」


 朝食の皿をキッチンの流しに運ぶ。そこには、食材を冷蔵庫に詰めるペッシとそれを腕を組んで見ているプロシュートがいた。オレに気付いたプロシュートが「さっきは悪かったなあ、王子様の出番を取り上げちまって」と意地悪く口角を上げる。それを無視して、オレは部屋に向かった。今日の仕事は夜からだ。夕方から動き出しても、十分間に合う場所と内容の仕事だ。そういえば、なまえは今日休みだと言っていたな、とふと思い出して首を振る。別にあいつが仕事だろうと、そうでなかろうと、どうでもいいことだ。何故か気分の晴れないオレは、しかたなくベッドに横になった。

 しばらくして、変な物音がオレの耳に入る。


「っちょ、メロ、ネ」
「なぁに?」
「や、やめ…」
「なんで?これは挨拶だよ?」
「あ、あいさつ?」
「そ、これはオレの故郷独自の進化を遂げた挨拶。」
「そ、そうなの?っきゃあ!」
「うわ、なまえってこんなにやらかいんだあ」
「イ、イルーゾォ!たすけてぇ…!」


 物音の中から、なまえのオレを呼ぶ声を判別したオレは、ベッドから飛び起きて、ドアを開けた。すると、朝食のトレーを持ったなまえの後ろからメローネが抱きついているのが目に飛び込んできたではないか。いやらしい手つきで、なまえの腰やら胸の辺りを触っていて、顔は、なまえの首筋に埋まっている。一瞬にして、頭に血が昇るのが分かった。


「離せッ!」
「ははっ、何それ?面白い冗談だね」
「冗談なわけないだろ死ねッ」


 トレーをなまえの手から取り上げ、その後でメローネからなまえの体を引き剥がす。なんの抵抗もしなかったメローネからなまえは簡単に奪取できた。もお〜ちょっとした挨拶だったのにな、と笑うメローネは、オレの手からトレーだけを受け取って自室へ帰って行った。ドアを閉じる前に「なまえ、朝食持ってきてくれてありがとね」と付け足して。


「……あのド変態クソ野郎…」
「イルーゾォ、あ、ありがとう」
「…何で捕まってた」
「メローネ、ご飯食べに降りて来てなかったから…ギアッチョが、メローネはリーダーに報告書作り直せって命令されてたって言ってたから、もしかして、何も食べずに頑張ってるのかもって思って…」
「だからってお前が持って行くことはないだろー…」


 そう言って、自分の腕の中にいるなまえに目を落として、気が付く。なまえを抱きしめている自分に。


「うおっ、も、もう離れろ!」
「…いや」
「はっ?!いや、じゃねーよ!」


 どこにそんな力を隠していたのか、引き剥がそうとしても離れないなまえに、オレもあの手この手を使う。肩を揺さぶったり、頭を掴んだり。もちろん本気の力を加えてはいないが。


「…イルーゾォ、わたしのこと嫌い?」
「は?今はそれは関係ないだろっ、離れろって!」
「嫌いなら嫌いって言ってよっ…」
「…嫌いだったら変態から取り上げたりしない!」


 え、今なんて…と顔を上げたなまえ目は赤く潤んでいる。そんな顔を平常心で見ていられなくて、オレは目を背けた。もう正直、男として限界だった。


「イルーゾォ、わたしイルーゾォのことが好きなの」
「っいきなりなんだよ!」
「イルーゾォは?」


 いつまでも素直になれないオレは子どもだとも思うが、今までつっぱねてたことがあって、口に出せそうになかった「お前が好きで、他の奴らに嫉妬してる」ってこと。苦し紛れに重ねた唇は、やわらかく、そしてあたたかかった。


「イルーゾォ…」
「オレのことが好きなら、他の男に優しくするな」


 オレの胸に顔を埋めたまま、コクコクと何度も頷くなまえの耳は真っ赤に染まっていた。チッ…可愛すぎるんだよお前は…。

 次の日、帰ってきたホルマジオの隣にぴったりと寄り添ったなまえが「昨日のイルーゾォってば、ほんとにカッコ良かったの〜!」とうっとりした顔で語っている光景を目にしたオレは、がっくりと肩を落とすのだった。あいつには、他の男に近付くなとも言わなきゃならないのか…。肩を叩いたプロシュートが、お前の女は、そこらの悪女よりもたちが悪いな、と言い残していった。…まったくもってその通りなのかもしれない。


「あ、イルーゾォ!おかえり!」
「…ただいま」


 それでも、オレの名を笑顔で呼んでくれるなまえのことを嫌いになんて、なれないのだ。無邪気に抱きついてくるなまえの背に手を回しながら、とりあえず、メローネには1人で近付かないように教え込まなきゃな、と決意した。



title.僕の精


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -