短いおはなし 2013 | ナノ

 今日卵安かったの忘れてた!と、近くのスーパーの安売りのチラシを片手に私に近づいて来た母は、リビングでソファに腰掛けて、録画した昨夜の深夜番組を眺めている私を見つめた。ちらりと、母の顔を見た後に、「深夜番組って、深夜に観るからこそ面白いってのはあるよねー」と白々しく言ってみる。


「あ、今日あんたご飯いらないのね」
「スーパーに卵買いに行って来まっす!」


 台所の政権を握る母に、リビングのチャンネル権すら持たない私が敵うはずもなく。私は思い腰を上げて、スーパーに向かうことにした。出かけるために、部屋着専用のボロボロのジャージから、着慣れたそれなりに見栄えのいいジャージに着替える。私の服装に目を止めた母が、眉間にシワを寄せこちらを睨んでいたので、私は慌てて財布を引っつかんで外に出た。多分今頃、ジャージで外に出るなんて…!もしくは、ジャージからジャージに着替える意味が分からないわよ!といった文句が部屋に響いているのだろう。

 外は、すっかり春の空気をまとっていた。嫌々出て来たのだけど、外を歩いて深呼吸したら、気分が良くなってきた私は、少し遠回りしてスーパーに向かうことにした。卵を買ってしまったあとに道草するのは、よく何もない所で転ぶ私には危険な行為だと判断したからだ。


「…あれ?」


 思わず目を止めた先に、オーソンの前でしゃがみ込んだ人影。それは紛れもなく億泰くんの姿であった。不良なのに、親しみやすい彼とは、一応友達のような関係を築けている…と思う。しゃがみ込んでいるなんて、落ちたものでも食べちゃってお腹壊したんだろうか…と心配で駆け寄ると、何やら彼は、涙を流しているということが分かった。


「ど、どうしたの億泰くん!お腹痛いの?!」
「うっ!?な、なんだなまえかァ!」


 私が声をかけると、目に涙を浮かべた億泰くんがこちらを振り向いた。その手には、クリーム色した四角い棒アイス。これが想像以上の旨さでよォ!とテンションMAXでそのアイスについて語り出した億泰くんを私は慌てて止めに入る。


「億泰くん、アイスの感想はいいんだけど、溶けちゃうから先食べたら?」
「ア、それもそうだなーッ」


 嬉しそうに再びお気に召したアイスを口に含む姿はなんか可愛い。私も隣に同じようにしゃがみ込む。なんにせよ、お腹が痛いんじゃないかっていう心配は杞憂に終わってよかった。ぼんやりと、億泰くんのことを眺めていると彼のほっぺたに、バニラアイスが付いているのに気が付く。まったく子供みたいなんだから、なんて内心笑いながら、黙ってテッシュを取り出す。付いてるよ、と言って拭き取ってあげると、億泰くんはサッと顔を赤らめてお礼を言った。億泰くんって母性本能をくすぐるタイプなのかな、なんて考えている私の口元にいきなり、億泰くんの例のアイスが差し出される。


「旨いから、なまえも食えよな」
「え、でも…」
「いいからいいから!味は保証するぜ!」


 屈託無く笑う億泰くんの行為を無下にすることも出来ず、私はぱくりと、アイスに口をつける。口の中に広がっていく甘さに、思わず頬が緩んだ。


「ほんとだ、すごく美味しいね」


 私がそう話しかけると、億泰くんは、私の方をぽかんと見つめていた。その直後に、何かが爆発したような勢いで真っ赤になった彼は、いきなり立ち上がって歩き始めてしまった。「え、ちょ、億泰くん?」


「なまえ…お、お前可愛すぎるんだよッ!!別にドキドキしたとかじゃねーけどよオ!」


 捨て台詞のように伝えられた言葉に、思わず心臓が大きな音をたてた。さっきからずっと、億泰くんの顔が、頭から離れない。



title メルヘン



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