「ねえ、ねえ、これ誰か味見してみてくれない?」 その一言は、テーブルを囲んで思い思いの時間を過ごしていた暗殺チームを震え上がらせた。誰もが、聞こえなかったフリをしてやりすごそうとしている。キッチンで声をかけた方は、なんの返答もないことに痺れを切らしたのか、白いフリルの目立つエプロンを揺らしてリビングにやってくる。その女の名は、なまえ。 メローネは、なまえの身につけるエプロンと彼女の可愛さのコラボレーションに喉を鳴らしつつも、迂闊に声を掛けてはならないと自分を押さえつける。「チャオ、なまえ。素敵なエプロン姿だね、キスしてもいいかい?」「チャオ、メローネ。いいわよ、ただし味見をしてくれたらね」なんて会話が繰り広げられることが目に見えているからだ。 ホルマジオは、嫌がる猫をやっきになって構っている。なまえと目なんか合ったらもう終わりだということをよく理解していたからだ。しょうがねぇなぁ〜〜、なんて可愛い妹分のお願いに折れてしまったら、自分の命が折れてしまうのに等しい。 イルーゾォは、なまえの声が聞こえた瞬間に鏡の中に入ろうと試みたのだが、ギアッチョとペッシ(は、プロシュートに指示されたらしい)にいつの間にか足首を掴まれており、それは叶わなかった。もう泣きたい気持ちでいっぱいだ。(こうなるんだったら初めから鏡の中に閉じこもっているんだった…) ギアッチョは、味見ってなんだよォー!!味を見るって書くのに、なんで実際に口に含まなきゃあなんないんだッ!?納得いかねぇ……なめてんのかァーーッこのオレをッ!と腹をたてつつも、それをいつものように口に出せずにいた。ここでなまえの注目の的になるのは得策ではない。左手は、しっかりとイルーゾォの右足首を掴んでいる。 ペッシは、実はこのチームの唯一の過去の被害者であるため、『味見』というものの恐怖に脅えて、大きな身体をブルブルと情けなく震わせていた。兄貴に命令されて、右手は、しっかりとイルーゾォの左足首を掴んでいる。 プロシュートはまた、大切な弟分を目の前で『味見』という試練によって失いかけた男だった。目の前で青ざめ、口から泡を吹いたペッシを見たときは流石のプロシュートも冷や汗が止まらなかった。 つまり、どういうことかというと、なまえの料理の腕は、ディ・モールト最悪で、味見?とんでもない!ということだ。 「なによォーみんな、わたしがせっかく作った料理が食べられないっていうの?」 ぷくぅ、と頬を膨らませる、同業者とは思えない可愛らしい娘に心が動き掛けた一同であったが、ペッシのあの様子を思い出して尚、なまえの料理を口にしようなんて考える自殺志願者はここにはいなかった。 「どうしたんだ、お前たち」 そんな、だんだんと殺伐とした空気が流れ始めた部屋に現れたのは、我がチームのリーダー、リゾットであった。ズカズカと、部屋の中央に向かったリゾットは、部屋を見渡す。誰も答える者がいなかったため、なぜかこそこそと、後ずさりをしながらキッチンに行こうとしているなまえに目を止めた。目を細めたリゾットはなまえに数歩近付く。なまえはさっきの強気な態度とは違い、頬を赤らめて何やら言い淀んでいる。 何を隠そう、なまえはチームのリーダーであるリゾットに淡い恋心を抱いているのだ。それを知っているのは、勘の良いプロシュートと、なんだかんだで妹分としてなまえを可愛がっているホルマジオの二人だけだ。 「なまえ、いったいどうしたんだ?」 「え、っとあの…」 「ンだよ、リーダーに食ってもらえばいいんじゃあねぇのか?!そうだぜ、やっぱりチームのリーダーが代表して食えば丸く収まるじゃあねぇか!」 声を張り上げたギアッチョに全員が注目する。プロシュートとホルマジオの二人だけは、あーぁ、と額にに手をやった。なまえが作った料理は本来はリゾットに食べてもらうために作ったものだと気づいていたからだ。 「…何か作っていたのか?」 「ぅ…だけど、まだ、味に納得いかないっていうか、」 「ちょうど腹が減っていたんだ、食べてもいいか?」 「えっ!だ、だめっ、ていうか、リーダーの為に作ったんだけど、でも…って、ちょっリーダー?!」 なまえの返事を聞かずに、キッチンに向かっていくリーダーをなまえが慌てて追いかけていく。しばらく口をつぐんでいたチーム一同も事の結末を自身の目で見届けようと暗殺者らしからぬドタバタとした足音と共にキッチンを覗きに動いた。 「アラビアータか」 「リーダー、わ…わたし料理下手だから、その…」 想い人を目の前にして弱気になったのか、なまえの声はどんどん小さくなってしまっている。リーダーは、そんなことにはまったく気付かずに、アラビアータを迷わず口に入れる。一同は、もぐもぐと口を動かす大柄な男に注目した。何かあったときに、どんな対処をすればリーダーは一命を取り留められるかを頭の中で考えながら。しばらく口を動かしていたリゾットは、ゆっくりと口を開く。 「……旨い」 「っほんと?!」 「あぁ」 とても珍しい穏やかな笑みを浮かべたリゾットの反応をみて、一同は一斉に皿に集まる。まじかよ?いつの間に上達したんだ?なんて声が飛び交うが、なまえはリゾットに夢中で、そんな声はまったく聞こえていないようだ。 「んじゃ、俺も食ってやるよ」 安全は確保したとばかりにアラビアータを口に運ぶギアッチョ。その瞬間、ギアッチョは、アラビアータの餌食になっていた。悲鳴とも叫び声ともつかぬ声を張り上げてギアッチョは倒れた。プロシュートは、ギアッチョに駆け寄る仲間たちを尻目に、悪魔のアラビアータを小指でほんの少しすくい取る。舐めてみて、ほんの一瞬意識が遠ざかって、分かったことが二つ。ひとつはなまえの料理の腕は、やはり壊滅的だということ、ふたつは、28にもなって頭巾を被るイかれた服のセンスを持つ男は、味覚もイかれているということだった。 |