短いおはなし 2013 | ナノ

 風邪をひいたのなんていつ振りだろう、熱でぼんやりした思考回路をゆっくりと巡らす。最後に風邪をひいたのがいつだったかは思い出せなかったけれど、今回の原因ははっきりと分かっている。昨日の任務だ。ターゲットがよほど臆病な奴だったのか、もしくは誰かが尾行しているかもしれないということを事前に情報として持っていたのか、待てども待てども家に帰らなかったのだ。わたしの任務は奴の家を突き止めることだったというのに。おまけに外は土砂降りで、狭い店でちびりちびりと酒を飲んでいるターゲットを観察しながらわたしは全身雨に打たれていたのだ。


「そりゃあ、風邪もひくわよね」


 小さく口に出した言葉は、存外かすれていて、黙って口を閉じた。自分が情けなかったから。ふと視線を向けたテーブルの上には、先ほど部屋を訪れたミスタとナランチャとフーゴが親切で置いて行ってくれた品々が。ミスタは3錠ずつ服用する薬、ナランチャはオレンジジュース、フーゴはイチゴケーキ。彼らは騒ぐだけ騒いで私の部屋から出て行ってしまったから、何を置いて行ったのかよく見ていなかったけれど、ミスタ以外の2人は風邪をひいたことがないのかしらと考えてしまうお見舞いのチョイスだ。
ナランチャはお馬鹿だから風邪をひいたことがないっていうのはわかるけど。食欲ないのに、イチゴと生クリームたっぷりのケーキを置いて行くなんて、フーゴになんか嫌われるようなことしたっけ?と、考えつつ、ミスタのくれた薬に手を伸ばす。


「オイ、なんか食ってから飲めよ。」
「っひゃあ!」


 いきなり声を掛けられて、わたしは思わず変な声を上げる。そこにいたのはアバッキオで、いつのまにか部屋に入ってきていたらしい。こんなデカイ男が入ってきたのに気づかないなんて、わたしは相当弱っているみたいだ。わたしを一瞥したアバッキオはテーブルにゴト、とお皿を置く。「食え」それだけ言って出て行ってしまった。扉の閉め方がいつもの数倍優しいもので、わたしは彼の優しさに胸が締め付けられた。アバッキオの言う通り食べて薬を飲んで寝よう、とベッドから体を起こす。まだ頭はクラクラするけど、きっと寝れば良くなるだろう。アバッキオが作ってくれたらしいぶつ切りの野菜が入ったスープを口に運びつつ、みんなの優しさが身にしみていくのを感じた。


 体の何処かが、冷される感覚がして目を開ける。わたしの横で屈みこむ人影が目に入った。


「ブ、チャラティ…」
「あぁ、起こしてしまったか。すまない。」
「…仕事は?」
「大丈夫だ、ひと段落したんでな。」


 優しく微笑むブチャラティは水で濡らしたタオルを絞って、私の輪郭をなぞった。いつの間にか汗をかいていたらしく、冷たいタオルが心地良い。いくらひと段落ついたからといって、リーダーとしてやるべきことはたくさんあるはずなのに……ブチャラティがそばにいてくれるというだけで、心強かった。


「ブチャラティ、わたし、」
「どうした?」
「チームのみんなが好きすぎてこわいよ」
「?」
「みんなとずっと一緒にいたい」
「……」
「みんなが大好きなの、失いたくない」
「……」


 ブチャラティの顔色を伺ってみるけど、その表情からは本心がわからない。でもきっとブチャラティは困っているんだろう。いつまでも、こんな生活が続くわけがない。そんなことはわたしだって百も承知だ。わたしたちはこの街のギャングだ。この街の変化と共にある。時代が進めば、人は変わる、人が変われば、人が住む街は変わるのだ。


「ごめん、風邪のせいでちょっとおかしくなっちゃったみたい、忘れて、」


 誤魔化すように笑うと、ブチャラティがわたしの手を握る。何も口にしてくれなくても、ブチャラティの思いが伝わってくるように感じる。ブチャラティがわたしに向かって微笑んでくれる、それだけで、わたしは幸せだった。なんだかいい雰囲気で、顔が赤くなってしまうかもと考え始めた瞬間扉が開いて、ぞろぞろと無粋な男たちが入ってくる。


「あーッ!ブチャラティとなまえが……ッ!」
「コラ、ナランチャ、病人の部屋でそんなに大声を出すもんじゃないですよ」
「なまえ、薬ちゃんと飲んだかー?あいつらがなまえダイジョーブカァ!?ってうるさくて仕方ねーんだッ!」
「ミスタ、薬だけ渡して胃が荒れたらどーすんだ、先にメシだろ」
「ご飯なら僕がイチゴケーキを…」
「ハァ?そりゃ、どんな嫌がらせだよフーゴ、」


 騒がしいみんなに、思わずブチャラティと一緒に吹き出す。もう、今良いところだったのよ、と茶化して言うと、ブチャラティも「まったくだ」とわたしに合わせる。みんながその冗談に対して口々に自分の意見を言うものだから、なんだか一気に騒がしい部屋になってしまった。
 ふと視線の先の窓が目に入る。外は昨日の雨なんて微塵も感じさせない良い天気だ。窓を開けて、外の空気を入れようか、今のわたしたちの街はきっと良い風が吹いている。


title.メルヘン


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -