わたしのバイト先は寒い。なんの変哲もないスーパーなのだけど、食料品を扱う以上、真冬に快適に過ごせるような室温には出来ない。というより、冷凍食品やらアイスを置いているので、スーパーの中は、風がないぶん外よりちょっと暖かいくらいだ。ありがとうございましたー。と笑顔でお客さんを見送ったあとに吐き出した息が僅かに白くなっていることに気付いて、寒さを目でも確認する。
(早く帰ってお風呂に入りたいな…)
そんな不謹慎なことを考えつつ目を向けた時計の針は、わたしの今日の退社時間まではまだまだだということをお知らせしてくれた。
時計の針に誰かが細工でもしたんではなかろうか!と思ってしまうくらい長かった労働時間を乗り越え、やっとわたしは家路に着くことが出来た。氷のように冷えてしまってもうほとんど感覚がない指先を擦り合わせ、息を吹き掛けながら歩いていると不意に「こんな寒い中よくやるなァお前。」という声。びくんとわたしの体が反応するのを見たのか、聞きなれた笑い声が辺りに響いた。
「不動、くん?」
なんで疑問系なんだよ、くつくつと笑いながらコートの前をぴっちりと閉めてマフラーをぐるぐる巻きにした不動くんがわたしに近寄ってきた。まさかバイト帰りに不動くんに会えるとは思わなくて言葉を無くしていると「すげー不細工。」といつもの悪口が飛んできた。
「なっ…!酷いなあ!わたし寒い中がんばってきたんですけど!」
「見りゃわかるよ。顔、赤いし。」
怒るわたしを気にしたそぶりもなく、不動くんはゆっくりとコートにつっこんでいた手を出してわたしの頬に熱い何かを添えた。「あつっ…!」「やる」不動くんがいきなり手を離したそれを慌てて受け取ってみると、手にあったのは缶コーヒーだった。思わず不動くんを見返すと、ばつが悪そうな顔をして、「いらねぇなら返せ」と返ってきたのでわたしは慌てて首を横に振った。冷えすぎた指先には缶コーヒーの温かさは熱すぎるくらいだったけど、ちょっとしばらくは離せそうにない。
「なんで不動くんは、ここに?」
「……っち、察しろよばか」
「ば、ばかって…」
「お前、昨日散々『バイト先が寒い』って俺に愚痴ってたじゃねーか」
そう言われてみれば、昨日、不動くんと久しぶりに一緒に帰って、そんなことを言っていた気も…しなくもない。っていうか不動くんと二人で帰るときは、緊張しちゃってとにかく沈黙を作らないようにしなきゃって考えちゃうから、自分が何を話していたかなんてあんまり記憶にないのが実のところだ。
「って…マジで冷てェのな」
考え込んでいたら、わたしの真っ赤な手は、不動くんの意外と綺麗な手のひらに包み込まれた。えっ!と慌てふためく私を見つめながら「しかたねぇから、俺が直々にあっためてやるよ」と笑う不動くんの鼻の頭はさっきより随分赤くなっていて、さっきまですごく寒かったはずなのに、なんとなく寒さがゆるんだ気がした。
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titleにやり