2012短いおはなし | ナノ

マスルールさんの甲冑が視界に入って、わたしは反射的にそちらの方向にそっと歩みを進めた。戦闘中ではないにしても、五感が研ぎ澄まされ、普段から気配に敏感なマスルールさんは、わたしが近づいていることに既に気が付いているんだろう。

「何か用か、」

やっぱり思った通りで、わたしが柱から顔をのぞかせる前に、マスルールさんがそのように声をかけてきた。わたしは、マスルールさんの前に姿を現したあと、その問いかけに『特にこれといった用はないんですけど、』と小さく答えておく。マスルールさんの甲冑がちらっと見えたから来ました、というのは恥ずかしいから隠しておくことにする。でも、ちらりとわたしに寄越された彼の鋭い視線に、わたしの心は見透かされてしまっているような気がして、なんだか居心地が悪い。別に悪いことなんてしてないのに。

「あ、あーあ、マスルールさんを驚かせるのは難しいですね。」

決まりの悪さをごまかしたくて、曖昧に笑いながらそう言うと、マスルールさんは何も答えずにわたしの方を紅く透き通るあの目で見つめてきた。マスルールさんが無口なのは、通常運転なのだけれど、黙ってこちらを見ているなんていうのは、初めての展開。マスルールさんはすごく身長が高いから、見つめられているだけで威圧感がすごい。思わず後ずさると、なぜか一歩踏み出したマスルールさん。身長が高いということは足の長さもあるということであり、たった一歩でわたしたちの距離はさっきの比じゃないくらいに近付いた。

「まっ、マスルールさん!?」
「………。」
「え、あ、あの…」

わたしが動揺を隠せず慌てていると、今度はマスルールさんの感情のまったく読めない無表情の顔が近づいてきた。つまり、腰を折って、かがんだらしい。近距離で見たことのなかったマスルールさんの顔は、想像以上に整っていて、わたしは思わず言葉を失う。馬鹿になってしまったように心臓が動きを限界まで早めていた。このままじゃしんじゃう、なんて幼稚なことを思った瞬間、マスルールさんの表情が一瞬穏やかなものに変わった。……気がした。確信が持てないのは、マスルールさんがかがむのをやめて、顔が遠ざかってしまったから。さっきの表情はわたしの幻想だったのかな、なんて考え込んでいると、マスルールさんが一言。

「なまえを驚かせるのは、簡単だな」
「……!?」

からかうような声音に、驚いて顔をあげると、今度は大きな手のひらが降ってきて、わたしの顔面を襲った。へぶぅっと変な声が出てしまったことは全力でスルーしていただきたい。


「…そんな無防備な顔するな」


マスルールさんの手のひらの下で暴れるわたしの耳に届いた台詞に、今度こそ本当に驚いて、動きを止めた。でも、負けじと「そっ、そんなのマスルールさんの前だけだもん!」と言うと、一瞬遅れて、さっきの幻想だと思っていたマスルールさんの表情が見えた。


title無垢


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