2012短いおはなし | ナノ

「今、俺が連れ戻さなきゃ、どうしてた?」


わたしの顔をまっすぐ見つめたまま、喜多くんはこわい顔でわたしに質した。喜多くんの両手に掴まれた腕が痛い。だけど、それを口に出せないくらい、喜多くんは真剣に怒っていた。こんな喜多くんを見たのは初めてで、腕の痛みと喜多くんの怖い顔と声に驚いたのが全部、わたしの中でぐちゃぐちゃになって、視界が徐々に歪んでぼやけていく。わたしは何に対して怒られてるのかなんて、今は考える余裕がなかった。


「ご、ごめん…!泣かないでくれ…」


わたしの涙を見て、喜多くんは腕から手を離してわたしと一旦距離をとった。喜多くんの隣でずっとめんどくさそうに立っていた隼総くんが「あーあ、喜多、泣かせてやんの。」と意地悪く笑う。喜多くんは困った顔をして、わたしを見た。泣かせるつもりはなかったんだ…と喜多くんが小さく紡ぐ。わたしが落ち着くのを待って喜多くんは話し始めた。


「みょうじさん、今…知らない男をどこかに案内しようとしてたよな、」


喜多くんの言った通り、おつかいの途中に知らない男の人に声をかけられて、お店の場所を聞かれたから、道順を教えてあげていた。でもわたしの説明能力のなさからか、男の人によくわからないから君さえよければ案内してくれないか、とすごく丁寧に頼まれたのだ。おつかい先のスーパーに行くには遠回りだったけど、こんなに丁寧に頼まれては、人として断ることは出来なかった。わたしは喜多くんの言葉に黙って頷く。そんなわたしを見て、喜多くんはまた困ったような複雑な顔をして、隼総くんはわざとらしく大きなためいきをついてみせた。


「お前馬鹿なのか?」
「隼総、馬鹿はないだろ。」


隼総くんをたしなめたあと、喜多くんはわたしに向き直る。その目はさっきと同じでとても真剣だったけれど、さっきと違って怖くはなかった。わたしもその目をみつめると、あんまり簡単に他人を信用するな、と告げた。みんながみんないい人だとは限らないし、男なんかもっと気を付けないと、と喜多くんは言う。でも…と思わず口に出してしまうと、「みょうじさんの言いたいことは分かるよ、いい人そうだったもんな。だけど、そうじゃないかもしれない。」と言いながら喜多くんがまたわたしの腕に手を伸ばす。今度はやさしく喜多くんの体温がわたしに乗っかる。


「みょうじさんはかわいいし、女の子なんだからもっと気を付けてほしい、」
「……え、」
「……は、」


喜多くんの言葉に驚いたのはわたしだけではなく隼総くんも同じで、二人してかなり間の抜けた声でハモってしまった。隼総くんの方を見れば、綺麗な紫色の唇をぽかんと開けている。喜多くんはわたしたちのそんな反応を見てやっと自分が言ったことに気付いたようで、首の辺りまで真っ赤にして固まってしまった。


「あ…の、お、俺が言いたかったのは、つまり…気を付けてってことだから…!」


それじゃ!と喜多くんはわたしの返事も、隼総くんの制止の声も聞かずに、ものすごいスピードで帰っていってしまった。取り残されたわたしたちはしばらく唖然としている他なかったけど、隼総くんの「あいつ……今から一緒に部活の買い出しに行く予定だったってのに…」というぼやきに二人で思わず吹き出す。


「あいつさ……俺が言うのもなんだけど、いい奴だぜ。」
「……うん。」


隼総くんには言えなかったけど、さっきまで喜多くんに触れられていた部分がすごくあっつくなっていた。



title街角にて


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