2012短いおはなし | ナノ

そう言えば京介、と兄さんが笑いながら俺に話しかけてきた。その笑顔はいつも俺を少し困らせるような質問をしてくる前の表情だったから、身構えると、やっぱり答えにくい質問が降りかかってきた。


「雷門に入って、彼女は出来たのか?」
「!……………」


兄さんは車イスの肘掛けに肘を置いたまま、黙りこんだ俺を見つめる。兄さんに嘘をつく気はまったくないが、兄に自分の恋愛方面の話をするというのはそれなりに心の準備ってものが必要だ。なまえは俺にとってすごく大切な存在だし、いつか兄さんにも会わせたいと思っていたけれど、まさか今日、そんな話をいきなり聞かれるとは思ってもみなかったから、俺はしばらく口を開くことが出来なかった。


「………できた。」
「そっか。おめでとう京介。」


京介にもついに彼女かあ…って感慨深げに俺を爪先から頭のてっぺんまで目線を動かした兄さんは、もっと聞かせてよ、馴れ初めとか、と面白そうに笑った。その質問に俺が答える前に「どんな女の子?」「告白はどっちから?」「デートくらいちゃんとしてあげてるのか?」と矢継ぎ早に質問を投げ掛けてくる兄さんが可笑しくて、俺が思わず笑ってしまうと、兄さんも同じように笑った。


「今度来るときは、連れてくる。」
「本当か?まさか京介からその言葉が出てくるとは思わなかったな、」


じゃあまた、と座っていた椅子から立ち上がり、ドアの方に歩いていくと、「京介、」と兄さんが俺を呼び止めた。振り返ると「彼女のこと好き?」と聞かれた。そのときの表情は俺をからかうそれだったから、俺はしばらく兄さんの顔を見つめたあと、黙って病室を出た。兄さんとあんな話をしていたから、帰り道に思い出すのはなまえとのことばかりで、つるぎくん、と俺を呼ぶ声と、俺に呼び止められて振り返ったときの笑顔が脳裏を横切って、勝手に顔が熱くなっていく。自分らしくなさすぎる一連の流れに、馬鹿か俺は…と自嘲的に笑った。



・・☆・・



「えぇ!?お、おお兄さんに会う!?」
「あぁ、」
「そっ、さ、こ…心の準備ってものが必要だよ…!」
「俺も大した準備出来ないまま話しさせられたんだからお互い様だ。」


病院の門の前で騒ぐ俺達(正確にはなまえ)を周りの人達がちらちらと見ている。なまえには兄さんに会わせるという目的を伝えずにここまで来た。理由のひとつは今なまえに言ったままのこと。お前だけ心の準備ばっちりで臨むなんてフェアじゃない。もうひとつは、もし事前に伝えていたら、なまえは、お見舞だ!と思って、色々気を使うだろう。ずっと入院している兄さんはそういう気遣いがあまり好きではないのだ。もちろん顔には出さないが。


「あうぅ……剣城くん、お兄さんってどんな人?」
「会えばわかる。」


そう答えれば、なまえはそりゃそうだよね…と肩を落とした。がらりとドアを開けた瞬間になまえの体ががちがちになっているのが俺にも伝わってくる。…ていうか、お前、右手と右足が同時に前に出てるぞ。吹き出しそうになるのをこらえながら、兄さん、と声をかける。いつものように車イスに乗って窓から外の様子を眺めていた兄さんが振り返る。その視線の先は俺に止まったあと、なまえに移り、表情が緩んだ。


「こっ…こんにちは!みょうじなまえといいます…!」
「ふふ、こんにちは。俺は京介の兄の剣城優一。よろしくね、いつも京介がお世話になってます。」


兄さんの雰囲気になまえは小さく息をはいた。これはきっと優しそうな人で安心したって意味だろう。兄さんはどんな人にだってすぐ好かれてしまうのを俺は知っている。二人で兄さんに近寄っていくと、「可愛い彼女だね」と一言。その言葉に俺もなまえも真っ赤になった。


「か、可愛い…そんなこと言われたことありません!」
「え?そうなの?てっきり京介が毎日言ってるのかと思ったよ。」


だって俺にみょうじさんの話してるとき、京介は君が可愛くてたまらない、って感じだったから、と兄さんが笑う。俺は、えっ!?と全力で驚いているなまえの方を見ないようにしながら、「そんなことない、」と答えるしかなかった。


まだ帰りたくない…と子供のような駄々をこねるなまえを引きずって病院を出たのはそれから何時間もあとのことだ。なまえと兄さんは面白いくらい話が合って、帰る頃には初めて会った仲とは思えないほど砕けた関係になっていた。帰り道はなまえの「優一さんって本当に素敵な人」トークを延々と聞かされたが、なまえはふいに立ち止まってうつむいた。不思議に思って声をかければ、お話しのしすぎで疲れさせちゃったかなあ、もしかして剣城くんと二人で話したいこともあったかも…と兄を気遣う言葉が飛び出した。大丈夫だ、と伝えるとほっとした顔で笑う。……俺はきっとなまえのこういう所を好きになったんだろうなと漠然と思った。うまく言えないけど、こういう所を。


その日、俺は珍しく兄さんにメールを送った。『この前してきた最後の質問だけど、彼女のこと、ちゃんと好きだ。』兄さんが覚えてなくても、ちゃんと答えておきたかったのだ。



title僕の精


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -