緊張していたからか、私が目を覚ましたのは前日に起きようと予定していた時間の二時間も前だった。でもこんなに早く起きてしまったのは緊張のせいだけではないかもしれない。二週間ほど前に住み始めたこの部屋にまだあまり慣れていないのも理由の一つだろう。自分の家のものに囲まれているというのに家具の配置が違うだけでこんなになっちゃうなんてなさけない。自分のメンタルの弱さに呆れつつ、まだ早いけど下に降りていくことにした。本当はまだ寝たかったけど、今から寝たらもしかしたら入学式ギリギリに間に合う時間に起きてしまうことになるかもしれなかったからだ。下にはもうすでにエプロンを着た秋姉が立っていた。
「あら、おはよう。今日はずいぶん早いのね。」
「おはようございます!えっと...緊張して起きちゃったみたい。」
小さい声で今日早く起きた理由を伝えると、秋姉はうふふと笑う。ナマエちゃんってほんと緊張しっぱなしよね、と言いながら私の肩を軽く叩く。秋姉との距離の近さにまた心臓が暴れだした。そんなわたしの状態を察したのか、秋姉は優しく微笑んだ。私にはそんな気を遣わなくていいのよ?と言いながらキッチンに向かっていく後ろ姿。
「あ、天馬も早く起きていつもの所に朝練しに行ったわ。ナマエちゃんさえよければ天馬を時間までに連れ戻してくれるかしら」
「は、はい!じゃあ行ってきます!」
天馬くんとは二週間前に会ったばかりだけど、人見知りであまり明るいとは言えないわたしに対してもいつも優しく明るく接してくれるとてもいい人だ。小学生のときに男の子にいじめられたことがある私も天馬くんは怖くない。まぁ今思い出してみれば、あれはいじめというか、わたしをちょっとからかってみたようなものなんだろうけれど、あの時のわたしにとって男の子というのはちょっとした恐怖の対象だった。あんまり思い出したくないことだったから走って天馬くんのいつもの練習場所に向かうと、運動不足が災いして目的の場所に着くころには息が思いっきり上がってしまっていた。息を必死で整えていると、赤と青のタイルに向かって一生懸命ドリブルする天馬くんが目に入る。
「あ、ナマエ!おはよう!」
「天馬くん、おはよう。」
入学式あること忘れないでね、と伝えると天馬くんがびっくりした顔で時計を見上げた。その顔を見るにすっかり練習に夢中になっていたらしい。俺早く学校に行ってサッカー部を見に行こうと思ってたんだ!今から帰って秋姉の朝ごはん食べて...と口に出しながら時計を眺める天馬くんはいきなり飛び上がって叫んだ。
「そろそろ帰らなきゃ!!ほら!ナマエもはやく!」
「え!?あ、うん!」
わたしは別に早く学校に行ってサッカー部を見学に行く予定なんてまったくなかったのだけれど、急かされるままに元来た道を行きよりも早く走って帰ることになったのだった。木枯らし荘に着いたあとで、秋姉にナマエちゃんまで走って帰ってきたのね、と笑われて二人して顔を見合わせて思わず笑ってしまったのは言うまでもない。
「そういえばナマエはさ、なんか入りたい部活とかないの?」
もぐもぐと、絶えず口を動かす天馬くんに尋ねられて、わたしはう〜んと唸る。運動音痴な私が運動部に入るなんてことは考えたことはなかったけれど、だからと言って、楽器が演奏できるわけでも、絵を描くことが得意なわけでもない。しばらく考えたけれど、わたしが入ってやっていけそうな部活は一つも思い浮かばなかった。そんな自分がまた情けなくなって、「わたしに出来そうなことないし、帰宅部かな」と自嘲気味に笑った。天馬くんはわたしをちらりと見た後、そっか...と小さく返事をした。
「ほらほら二人とも!早めに学校に行くんじゃなかったの?」
秋姉が暗くなった空気を払いのけるように私たちに声をかけた。行こう!と元気よく立ち上がった天馬くんに「わたしはいいや」なんて言えなくて、わたしもカバンを掴んで秋姉に手を振った。
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -