こねた | ナノ
※女の子がやや鬱っぽい



「夏だ、ねぇ…。」
「そうだな。」


私たちの最後の夏休みが始まった。否、始まってしまった、と言うべきか。私の向かい側に小さくて少し頼りない足を持つテーブルを挟んで座る辺見は、去年の夏休みより一回り大きくなったように見える。その意味は、身長や体格のことだけではない。髪型は笑えるくらい変わらないのに、何がどうしてこんなに奴を大人にさせてしまったんだろうって思うくらい辺見は大人びた奴になってしまった。


「勉強…やだ。」
「仕方ないだろ、受験生なんだから。」

去年の辺見だったら俺も勉強なんかしたくねー!って笑ってくれた。


「暑いし」
「夏だからな」

去年の辺見だったら、俺も暑いのは苦手だって言ってコンビニにアイスでも買いに行くかって誘ってくれた。


「数学全然分かんないし、社会は覚えられないし、」
「お前そこ基礎じゃねーか!夏休みの間に出来るようになっとけよ。社会?…風呂とかトイレで覚えろ。」

去年の辺見だったら、数学なんか消えて無くなれって私と同じこと言ってくれた。社会なんか、今の総理大臣知っとけばいいだろ、なんて冗談を言ってくれた。


……去年の辺見と全然違う。


「……辺見なんか嫌い………」
「はあ?さっきからなんなんだお前…。」


呆れた顔をした辺見がちらりと私を見て、そして大きなため息をついた。私は、それを見ただけなのに涙腺が崩壊しそうになる。なんで何も上手くいかないんだろう。部活を引退してから、なんにも上手く回らない。私、受験生なのに、な。勉強も友達付き合いも、時間の使い方も、…………辺見との時間も。


「……ごめん。ちょっと情緒不安定、みたいな〜?」


意味もなく溢れそうになる涙を隠すため、わざとおどけてみせる。うん、確か私はこんなキャラだったはずだ。おどけるのと同時にした、得意なはずのペン回しは失敗して、私がペンを拾いながら辺見に伝えた「ごめん…さっき言ったこととか気にしないで。」という言葉は震えていた。



「気にする。」
「え?」


私が顔を上げたら、真剣な顔をした辺見が私の額を人差し指と中指で突いた。私が黙って辺見を見つめると、辺見がふっ…と表情を柔らかくさせた。


「俺だってなあ…勉強も暑いのも嫌いだし、数学も社会も爆発すればいいって思ってる。でも、……頑張ろうぜ。」


お前なら大丈夫だから。なんの根拠もないのに辺見にそう言われると、なんでだろう、本当に大丈夫な気がしてきた。安心したからなのだろうか、意識せずに涙がこぼれた。…私、ほんと情緒不安定だ。でも、辺見が言うんだから大丈夫。…なのかもしれない。


「辺見……今だけ時間ちょうだい?」
「……オーケー、」


私に黙って胸を貸してくれる辺見は、今までと同じで優しくて、私はそっと涙をぬぐった。この時間が終わったら、またもう一度頑張ろう。そう思えた。


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去年のこの時期ぐらいは、やや鬱気味だった気がする。
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