こねた | ナノ

「修ちゃん、シロツメクサが咲いてるよ。」
「………」
「でも、摘むのは可愛そうだよね、この子も生きてるんだから。」
「…………もう、…知ってるよな。」
「……うん。」


私がシロツメクサを見つめたまま小さく頷くと、修ちゃんはそれよりもっと小さく息を吐き出した。修ちゃんは三日後、みんなの万歳三唱に見送られてここを出立する。そして、きっと、二度とこの地を……踏めない。


「知ってるか?特攻を少しでも怖がったり躊躇したりした奴は、クスリで頭をおかしくさせて飛ばせるらしい。」
「………。」
「それで、操縦を誤られても困るから、飛び立つ直前に敵機にぶつけられたら家に帰れるぞって囁くらしい。クスリでおかしくなった頭にもその言葉が届いて、喜び勇んで乗り込むんだってよ」
「…………やめてよ、」
「可笑しいよな。最期の最後にやっとあれは嘘だったんだって気付くんだ。俺は家に帰れるんじゃない、無に還るんだ、って。」
「やめて…っ…」
「それで次の瞬間にはこの世界から俺は消えてる」
「やめて!!」


修ちゃんの話は、誰からか聞いた話という形式から、いつの間にか自分の未来の話に置き換わっていた。私が叫ぶと、虚ろな目をした修ちゃんは、しゃがんだままの私を見下ろした。その目には一片の光も存在していなかった。初めて見るその表情に、私の身体は震えた。修ちゃんのことを怖いって思ったのは初めてだった。でも怖い以上に哀しくて、私は目をそらすことができなかった。


「前の俺は、この国のために命一つ捨てられない奴は死ねばいいと思ってた。以前その話を聞いたときも、くだらない、そんな嘘に騙されるわけないって思ってた。」


そこで一呼吸。私が立ち上がって修ちゃんに向き合うと、修ちゃんの息がきれていることに気付いた。でも、修ちゃんの身体が尋常じゃないくらい震えていることには気づかないふりをした。


「でも…今なら分かる。俺、この作戦が成功したらお前に会えるって言われたら、…俺、」
「修ちゃん…。」


私は口を開きかけてまた閉じた。何を言えばいいかなんて、分からなかったし、出来れば一生分かりたくないと思った。私を引き寄せた腕は死人のように冷たくて、私は、今この瞬間に修ちゃんがほんの少しでも温かくなれと願った。足元でしおれかけて、白かった花びらが茶色くなってしまったシロツメクサがただただ哀しかった。



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軽はずみにこういうことをお話にしてはいけない、とは思いますが、もう二度と日本が戦争になりませんようにと世界から戦争がなくなる日が来ることを願ってかかせていただきました。特攻隊の人達にクスリを使った、というのは本当にあったことだそうです。

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