夜のさかなになる | ナノ



あの疑問をもやもやと胸に抱えながら、今日も無意識の内に河川敷へ足が向かっていた。いつものように見ているこっちが熱くなってくるくらい、真剣に練習しているサッカー部のみんな。正直に白状すると、主に風丸くんに目が引き付けられているわけなんだけれども。ぼんやりとその練習を見つめていると、不意に顔を上げた風丸くんと目があった。どくん、と胸が大きな音を立てる。私は気づかない内に風丸くんに背中を向けて走り出していた。


「ミョウジさん!」


呼ばれた声に気付かないふりをしたくて、私は全力で走ったけれど、後ろから追いかけてきたらしい風丸くんが私に追いついて、私の足を止めさせるのには、たいして時間はかからなかった。


「ミョウジさん。」
「はあ、はあっ……」
「どうして、逃げるんだ?」


流石だ。こんなに息が切れている私の前に、普段と幾分変わらない様子の風丸くんが立ちふさがってっている。私は息を出来るだけ整えてから、何でもないよとだけ言った。そんな陳腐な嘘でごまかせるとは思ってもいなかったけど、こう言わざるを得なかったのだ。そして、沈黙が流れる。しばらく経って、静かに風丸くんが口を開いた。


「俺、陸上部を止めて正式にサッカー部に入るか悩んでたんだ。」
「え?」


想像もしていなかった話の切り口に、思わず私が彼の顔を見上げると、風丸くんは複雑そうな顔をしてため息をついた。そのあとは、助っ人で入ったはずのサッカーが陸上より楽しくなっていって、離れられなくなったこと、でも、陸上部の仲間のことや、走ることが好きなのにサッカー部に入ってやっていけるのかということがずっと心に引っ掛かっていて、なかなか決断できなかったということを聞かせてくれた。


「…あの夜言ってた『迷ってること』ってその、こと?」
「ああ。」
「でも、私の走りをみて解決した……って、」


風丸くんのスポーツ人生を変えてしまうような大切な決断を私が走っている姿を見ることで、吹っ切れた……なんてお門違いも甚だしい。そんなことを考えている私の顔を見て風丸くんが吹き出した。…私今そんな変な顔してたのかなあ。


「ミョウジさんの走ってる姿が楽しそうで、きらきらして見えたんだ。…で、俺がミョウジさんみたいに走れてるのはサッカーのフィールドの上だなあって気づけた。だから、ありがとう。」
「そ、そんな…、ありがとうと言ってもらっても困るよ…。」


私が、突然の、しかも意図してやったわけではない行動へのお礼に戸惑っていると、風丸くんそうだよな、困るよな。と照れ臭そうに頬をかいた。


「あの日からずっと夜の学校でミョウジさんを探してたんだ。」
「……え?」
「言いたかった。サッカーをやってる俺も見てくれないかって。」


同じ学校なのは分かってたけど、どうしても夜、あの場所でもう一度会いたかったんだ。と告げた彼の表情は真剣で、私は目をそらすことを忘れ、言われた言葉を口の中で噛み砕いた。そして『俺も』という単語に引っ掛かる。きっと私の顔は思ったことをそのまま写してしまうのだろう、私が不思議に思った箇所を風丸くんは説明してくれた。


「あの夜に会う前から陸上部のみんなに言われてたんだ。女の子がお前のことを
見てるって。」


そう告げられて私の全身がかっと熱くなる。ばれてたんだ、そう思ったけれど、
別に隠していたわけではなかったな、と思い返す。そういえば、ぼんやりとトラ
ックを見つめていたときに、誰かに何を見てるのと聞かれて、陸上部の風丸くん
。と答えた記憶が何度かある。そして風丸くんはあいさつでもするかのように、
変わらない調子で私に、言った。


「ミョウジさんが教室から陸上部を見ている姿がすきだったんだ。」



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