夜のさかなになる | ナノ


部活開始時間になっても、陸上部員たちが揃って準備体操を始めても、彼はトラックに現れない。一日目は、外せない用事か何かがあって、部活に来れないのかなあ、と軽く考えていたけれど、グラウンドのトラックに、彼の姿は何日経っても一向に現れなかった。彼の姿がいつものように見られなくなって、気付いたことがひとつ。私はトラックを駆け抜ける風丸くんの姿が、自分で思った以上にすきだったということ。

風丸くんの走りを見られなくなったことで、私も走れるかも、というあの日沸き上がった気持ちは跡形もなく消え去ってしまった。だから私は、夜の学校に忍び込むこともしない模範生に戻った。でも、風丸くんが言ってくれた『なかなか綺麗なフォームだったぞ。』という台詞だけは、ずっとずっと頭の中に残っていた。お世辞だと言い聞かせてはいたけれど、あのときの彼の嬉しそうな表情が私の気持ちを都合の良い方向に引っ張っていく。


それからまたしばらくして、クラスメイトの話す風丸くんの情報に私は耳を疑った。それは、彼が陸上部を辞めて、サッカー部に入部したということ。私は、彼がサッカーをしている姿をうまく想像出来なかった。私の脳裏に焼き付いているのは、誰も追い付けない速さで駆け抜ける彼の姿で、他の人と並んで、ボールを追いかける彼の姿ではなかったから。サッカーをしている風丸くんの姿だったら、放課後練習を見に行くことは無くなるだろうなと思った。私は、トラックを走る風丸くんがすきだったから。でも、その考えも、放課後の河川敷で練習するサッカー部を偶然見かけた瞬間に、案外すぐ変わってしまった。


「風丸ー!!そっちいったぞ!」
「おう!」


部員のみんなと一緒にボールを追う彼は、トラックを駆けているときより随分遅く感じたけれど、数段輝いて見えた。ゴールを決めて肩を叩いてお互いに喜びあう姿もゴールを決められて悔しそうに歪む表情も、校庭のトラックでは見たことがなかった。河川敷で汗を流す風丸くんが見せる全ての表情が今まで見たことのないものだったのだ。そして気づけば、私はそんな風丸くんの姿に見とれてしまっていた。


「私…走ってる風丸くんがすきだったんじゃないの?」


誰に向けたわけでもない疑問の答えは、もちろん誰からも帰って来なかった。



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