夜のさかなになる | ナノ


水分を補給しろとアドバイスをくれた風丸くんが、どうしてこんな時間にこんな場所で走っているんだ、と目で私に聞いている。でも、本人を目の前にして、まさか貴方の走りを見て、私も同じように走れるかなと思ったんです。なんて素直に真実をカミングアウト出来るはずがない。流石に私もそこまでの図太い神経は持ち合わせていない。なによりもまず、彼は陸上部のエースで、私はただの運動不足気味の女子生徒なのだから。何も答えない私に気を悪くした様子も見せず、風丸くんは口元に笑みを浮かべ口を開いた。


「なかなか綺麗なフォームだったぞ。」


まさかの誉め言葉が飛び出してきて、私は思わず小さな声で本当?と聞き返してしまった。そんな行動に、はっ…となって、本当なわけないじゃないか、とお世辞丸出しな言葉を聞き返してしまったことに対して心の中で反省する。でも、風丸くんは私が聞き返したことに対して、何故か嬉しそうに頷いてくれた。よく来るのか、と問われて私は首を横に振る。そうか…と言って、学校に目をやる彼の姿を盗み見てみる。いつも窓越しに目に入る姿が、今は私の目に直接、それもこんな近距離にあることがとても不思議に感じた。


「俺はけっこう来たりする。上手く走れない時とかな。」


あんなに綺麗に速く毎日走っている風丸くんにも納得のいかない走りのときがあるのか、と意外に思っている私の表情に気付いたのか、彼はくすりと笑った。笑顔が月明かりに照らされて、とてもきれい。


「なんか最近、迷ってることがあってさ。でも君が走ってる姿を見て気付けた。ありがとう。」


私の走る姿なんかから、何に気付けたんだろう。気になったけれど、なんとなく聞いてはいけない気がして私は目を伏せた。でも、風丸くんの役に立てたみたいでちょっと嬉しい。私は緊張で声がひっくり返ったりしないように注意しながら、やっとのことで、もう帰るね、という言葉を喉から絞り出すと、彼が私の名前を問う。


「ミョウジ、です。」
「俺は風丸。」


知ってます。いつも見てます。なんて言葉を胸の奥にしまいこんで、じゃあまた、と社交辞令的な別れの言葉をお互いに掛け合った。そしてその次の日から、風丸くんの姿はグラウンドから消えてしまった。



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テーマ「人外ファンタジー」
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